コラム KAZU'S VIEW

2016年01月

あさが来たにみる明治女性のリーダシップ:九転十起生の意味する所は?

広岡浅子(ヒロオカ アサコ廣岡淺子1849-1919)氏は日本の実業家、教育者、社会運動家で、NHKの朝ドラ「あさが来た」のモデルである。九転十起生(キュウテンジッセキ)のペンネームで著作活動も活発に行っていた。豪放磊落(ゴウホウライラク)でかつ、知性豊かな人格から一代の女傑と称された。彼女のペンネームの九転十起生は七転八起(ナナコロビヤオキ)を文字って付けたらしい。その意味合いは何だろう。七転びでは不十分。転んでこそ、学ぶことができる。痛い目にあってこそ、人は成長できる(変われる)という人材育成の理想(ありたい姿)ではないか。
彼女の言葉に、「何でも初めから無理と思ったら結果もそのようになります。無理でも目的を立てて、どうしたら完遂できるか、焦点を絞っていくことが大切です」。これは、現状の姿では無理であっても、未来に向かって、「ありたい姿」を実現するために達成期間、目標そして達成方法を決めることで「なりたい姿」を描くことが、「目的を立てて、どうしたら完遂できるか焦点を絞る」ことになる。そして、Plan-Do-check-Actに従って実践する姿を描き、1歩づつその姿を実現していくことで、自らが変わり、無理を克服して行くという意味であろう。自らの九転、すなわち九回転ぶことで人より2回多く転ぶことから学びべるし、十回起きて自分を変えることができるという、自己変革なのではないか。朝ドラでは、女優の波瑠(ハル)が好演しているが、大股で歩き、相撲を取り、九州の炭鉱経営では炭坑夫とガチで向き合い、彼らの安全管理を配慮しつつ、生活安定化とやる気促進を実践してきた。新たな機会や脅威に接しては、「びっくりポン」とポジテイブに受け止め、自分を変える機会としてすべて積極的に利用する様子をドラマから感じる。江戸から明治への激変の中で、大久保利通、福沢諭吉、渋沢栄一、五代友厚などと交流を持ち、加島炭鉱、加島銀行、広岡商店、大同生命保険、尼崎紡績(ユニチカ)などの会社設立に関わり、尾張屋銀行の峰島喜代子、鈴木商店(現在の双日蠅坊兢)の鈴木米子らとともに女性実業家として有名を馳せた彼女の心意気と行動力には大いに共感を持てる。
彼女は、企業家として、正に今日の日本の経営者が直面している課題を先取りし、解決策を実践した方であった。さらに、人材育成実践、特に、女性教育の先見性は、日本女子大学の創設発起人の一人であるとともに御殿場二の岡で若い女性を集めた合宿勉強会を主宰し、市川房枝や村岡花子(彼女をモデルとしたNHK朝ドラの「花子とアン」:平成26年5月のコラムで触れた)に刺激を与えたことから、正に今の日本が直面している女性の社会進出を百年前に既に実践していた所に、驚かされる。
韓国に続き、台湾にも国のリーダーとして女性が登場している。昨年暮れに現役を引退した女子サッカープレーヤーの澤穂希さん(2011年7月のコラム参照)の引退試合の最終ゴールは、神がかりを感じる。彼女の言葉に、「苦しいときは、私の背中を見なさい。」がある。今の日本のリーダーに欠けている面であろう。昭和の大歌手であった、美空ひばりさんの言葉に、「今日の我に、明日は勝つ。」にも通じる一面を持っていないか。苦難を乗り越えたところに輝ける朝が訪れるのであろう。丙申(ヒノエサル)年の年初めにそれを、明治の大和撫子から教えてもらっている。
以上
(平成28年1月)

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