コラム KAZU'S VIEW
2019年10月
金沢マラソンの応援で考えたマラソンをする人と応援する人の価値創造
ぐっと朝夕の気温が下がり,冬物の準備をせき立てられる日々が出てきた.1年前から町会の役員を仰せつかっていたため,役員として第5回金沢マラソン(注1)の応援要員としてかり出された.先日の台風の影響で北陸新幹線が珍しく運休していたが,10月25日にはほぼ平常並のダイヤに戻った.金沢マラソンに間に合わせた感がある.日曜の朝,8時30分に沿道の町会担当場所に出向いたが,誰もいなかったので場所を間違えたかと思いつつ,日頃は車で通り過ぎる沿道周辺を散歩する機会を得た.20℃前後で少々肌寒さを感じたが,周りの木々は紅葉し始めた様子で,景観のカラフルさを満喫できた.少しずつ,応援要員が沿道に集まり始めたが,その中に顔見知りがいなかったため,「応援場所を間違えた」という認識が,確認へなり,沿道を探し廻った.すると,町会長が探しに来てくれて,応援担当場所が事前案内場所から変更した事を伝えられた.
マラソンのスタートは,8時40分であった.予定の応援場所にはトップランナーが9時10分頃に来るという情報は持っていた.ほぼ,時間通りにトップランナーはやって来た.その後,第2集団,第3集団とマラソンをしていると一目で分かる人々が面前を走り過ぎた.その後,続々と道幅一杯の群衆がやって来た.参加者は14256人(北國新聞発表)だった.笑顔もあれば真っ赤な顔をして息絶え絶えの顔も通り過ぎていった.着ぐるみを着て走る人,スマホで周りの写真を撮りながら走る人,仲間らしい人と話しながら走る人など,様々なランナーが目の前を走り(?)抜けていく.その様子は多様性に富み,一人一人の個性を見ているような錯覚に陥った.また,2時間余りで1万人を超える人を見続けると,何か現実離れした空間が不意に現れて,気分が悪くなった瞬間もあった.その意味で,折角の休日の朝に,わざわざ走ることがそれほど好きでない人間が,見知らぬ人を応援する時間の価値を不思議に納得出来た.上述したノーベル化学賞受賞者の吉野彰氏もこのマラソンに参加していると聞いていたが,確認出来なかった.その代わり,オリンピックマラソンランナー候補の猫ひろし氏の顔は,確認出来た.
マラソンと言えば金栗四三(カナクリ シソウ:注2)を思い出す. 1912(明治45/大正元)年の第5回ストックホルム大会に日本人として初めてオリンピックに出て,マラソン競技の途中で猛暑のため失神し,マラソンコースの近くの民家で休息している間に競技が終了し,当時の競技記録としては「行方不明」として残されていた.しかし, 1967年3月にストックホルムオリンピック開催55周年記念式典に金栗が招待され,金栗自身が競技場でゴールテープを切ることで,54年8ヶ月6日5時間32分20秒3で,世界一遅いマラソン記録として歴史に刻まれたというエピソードを持つ人である[2].その彼が夢に見た東京オリムピック1940(昭和15年)は,日中戦争のために中止となったが,1964(昭和36)年に実現した.その大会のマラソン競技で,円谷幸吉(ツブラヤ コウキチ;1940-68年,注3)選手が銅メダルを獲得した.この時,ゴールの国立競技場に入った時には2位だったが,後ろに迫っていたイギリスのベイジル・ヒートリー (Benjamin Basil Heatley;1933-2019年)にトラックの残り200mで追い抜かれたシーンは,未だに記憶に鮮やかに残っている.彼は初マラソンからオリンピックマラソン選手になるまでの期間が,7ヶ月1日という日本男子陸上史上最短記録を持っている.ちなみに,女子マラソン界での小鴨 由水(コカモ ミユ:注4)選手の6ヶ月6日というレコードには及ばない.ところで,来るTokyo2020のマラソン会場が,夏場の東京から北海道に変わるという話題も持ち上がって来ているが,これは.金栗エピソードを彷彿とさせるものである.
42.195Kmを2時間余りで走る競技は,オリンピックのマラソン競技である.古代ギリシアの故事に由来して,第1回近代オリンピックの創設に伴い,陸上の新種目とされたことから始まったとされる(注5).しかし,現在は一般参加者を含め,様々な思いを持ったマラソンランナーが参加し,「楽しむスポーツ」の一面も持つようになって来ている.一方,この競技の観衆の楽しみ方も,様々な広がりを見せてきている.例えば,地域起こしのイベントとしての意味合いも含まれようになって来ている.金沢マラソンが,北陸新幹線開業を機に始められた経緯から,県外参加者を歓迎する意味で,これを支援する地縁団体によるボランテア活動も1つの視点である.今回,初めてこのイベントに町会役員として参画した.マラソンは,ゴール,スタートは競技場などの特定施設に設定されるが,マラソンコースのほとんどは,公道を使用し,地域性を取り込んだ舞台環境が設定され得る.この環境を利用し,「走ることを楽しむ人」と「見ることを楽しむ人」の両者の価値創りの場を,どのようにデザインするかが金沢マラソンの今後の継続上の課題になるのではないか.金沢には,町会活動などの地縁組織活動を行政と連携させる方式として,「地域主導」,「ボランテア」,「地元負担」を特徴とする「金沢方式」(注6)と呼ばれるものがある.この方式をどのように生かすかを考えて見ることも一考かも知れない.
(注1)金沢マラソンは,2015(平成27)年から石川県金沢市で開催されている市民参加型の長距離走(市民マラソン)大会である.フルマラソンの定員は2018年までは12,000人でその後,13,000人となった.北陸新幹線の金沢開業に合わせ,2015年11月15日に第1回が開催された.金沢市内の名所を巡るだけでなく,エイドステーションでは,金沢の和菓子や金沢カレーなどといったご当地グルメも楽しめるのが特徴となっている[1].沿道には,市内町会から街頭応援要員が出され,応援活動を行っている.
(注2)NHK大河ドラマの「いだてん-東京オリムピック噺-」として2019年1月から放送された中で,前半の主人公が金栗四三をモデルにしている.日本人初参加の第5回ストックホルム大会には,陸上短中距離の三島弥彦(ミシマ ヤヒコ)とマラソンの金栗四三(カナクリ シソウ)の2選手が参加している[2].
(注3)円谷幸吉は,日本の陸上競技長距離走・マラソン選手で陸上自衛官であった. 5000m,10000m,20000mで日本記録を樹立し,1964年東京オリンピックのマラソンで3位入賞,10000mで6位入賞を果たした[3].
(注4)小鴨由水(1971年-)は,日本の女子陸上競技長距離走・マラソン選手で,1992(平成4)年バルセロナオリンピック女子マラソン日本代表となった.元女子マラソン日本最高記録保持者で,1992年1月大阪国際女子マラソンで初マラソンに挑み,2時間26分26秒という当時の日本女子最高記録,さらに女子選手として初マラソン世界最高記録という記録を持っている[4].
(注5) 紀元前450年頃,アテナイ(アテネ)の名将ミルティアデスがマラトン(Marathon)に上陸したペルシャ軍を破った「マラトンの戦いでの勝利の知らせ」を,フィリッピデス(Philippides)という兵士が伝えるために,マラトンから約40kmを駆け抜け,告げた後に力尽きて息を引き取ったとう記述が,イギリスの詩人であるロバート・ブラウニングが書いた詩にある.この故事にちなんで,フランスの言語学者ミシェル・ブレアルの提案により,第1回オリンピック・アテネ1896大会(明治29年)で,マラトンからアテネ・パナシナイコ競技場までの競走が加えられたことが,マラソン競走の始まりであると言われている.競技の距離が42.195 kmと設定されたのは, 1924(大正13)年の第8回パリオリンピック以後であり,1908(明治41)年第4回ロンドンオリンピック時の走行距離であった市街地42 kmプラス競技場の200mトラック1周弱を,そのまま採用したものである[5].
(注6)「地域主導」,「ボランティア」,「地元負担」による運営方式が,金沢の地域コミュニティの特徴で,その特徴を端的に表した言葉が「金沢方式」である.地域の公民館の運営費や消防団のポンプ車の購入費などの一部を町会費などを通じて住民が負担し,住民の共有財産になっていることで,自分たちの施設,財産としての自覚が芽生え,住民自治の意識を育んでいる.その特徴である「地域主導」とは,運営は各地域の住民等が主導して行い,維持管理や役職員選任を各地域に委託すること.「ボランティア」とは,活動が多くのボランティアによって支えられていること.「地元負担」とは,運営費や施設の整備費の一部は,地元負担によって賄われている[6],[7].
参考資料・図書・文献
[1] フリー百科事典(ウィキペディア(Wikipedia)),金沢マラソン, https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E6%B2%A2%E3%83%9E%E3%83%A9%E3%82%BD%E3%83%B3 ,2019,9.19.アクセス
[2] 時事通信社,近代オリンピックとその時代-日本が初参加-,
https://www.jiji.com/jc/v2?id=20091002olympic_games_history_05 ,2019,9.19.ア
クセス
[3] フリー百科事典(ウィキペディア(Wikipedia)),円谷幸吉, https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%86%E8%B0%B7%E5%B9%B8%E5%90%89 , 2019,9.19.アクセス
[4] フリー百科事典(ウィキペディア(Wikipedia)),小鴨由水, https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E9%B4%A8%E7%94%B1%E6%B0%B4 ,2019,9.19.アクセス
[5] フリー百科事典(ウィキペディア(Wikipedia)),マラソン, https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%A9%E3%82%BD%E3%83%B3 ,2019,9.19.アクセス
[6] 金沢市町会連合会,金沢独自の地域コミュニティについて, https://kanazawashichouren.jp/join/ ,2019,9.19.アクセス
[7] 弥生公民館,金沢方式の3つの特徴, https://www.yayoi-k.com/b3.html ,2019,9.19.アクセス
以上
令和1年9月

