コラム KAZU'S VIEW

2020年03月

COVID-19感染流行は人類に対する自然のいい加減さからの問いかけか

 先月から引き続き新型コロナウイルスによる肺炎(COVIT-19)の話題がニュースの主流である.2月11日にWHO(世界保健機関:World Health Organization,1948年4月7日設立され,日本は1951年5月に加盟,現在194カ国が加盟)がこのウイルスによる肺炎の名称をCOVID-19(コビット19: coronavirus disease 2019)と正式命名した[1].中国湖北省武漢市を発信基とする人類が未知とする病原体による疾患が身近なものになりつつある.感染力が強いらしい.この感染拡大を受けて社会的,政治的,経済的な様々な問題が時々刻々と生じ,事態が変化して来ている.21世紀に入り新型ウイルスによる感染症の拡大事例は,2003年中国南部の広東省を起源としたSARS(重症急性呼吸器症候群:severe acute respiratory syndrome:2002年11月16日~2003年7月5日WHOの終息宣言)や2012年9月以降に中東地域を中心に患者の発生が報告されたMERS(中東呼吸器症候群:middle east respiratory syndrome)はいずれもその病原体はコロナウイルスとよばれている.このウイルスの名称は,電子顕微鏡で見た形態が王冠(ギリシャ語のcorona)[2]あるいは,太陽のコロナ(自由電子の散乱光)に似ている事から由来している.これまでに人類はその歴史の中で多くの感染症との戦いを続けて来ているが,現在までに感染症の中で根絶宣言が出されているのは,天然痘(1979年10月26日WHO事務局長の根絶宣言)のみである[3].

 ペスト,コレラ,スペイン風邪そしてCOVID-19という名称は感染症の世界的流行の代表的な疾患名である.ペスト(Pest)はドイツ語で英語ではPlagueといい,ペスト菌(1894年に北里柴三郎により発見)を原因として起こる感染症で黒死病(皮膚が黒くなり死んでいったことが多かったためネーミングされた)ともよばれ,ヨーロッパでは1347~51年に大流行し7500万人(第二次世界大戦での死者5000万人)が死亡したと言われる[4]. ネズミ,イヌ,ネコなどを宿主とし,ノミが媒介しヒトに伝染するとされる.この時代はモンゴル帝国(1206~1388年)から元(第5代モンゴル帝国皇帝フビライハーン以降の中国:1271~1368年)の時代で,このパンデミック(感染症の流行状態を示す用語で感染拡大規模に応じてendemic エンデミック:地域流行, epidemic エピデミック:流行,そしてpandemic パンデミック:汎発流行の三段階に区分される)の発祥地は元であったという説もある.また,現在のペスト菌株の遺伝子比較研究からペストは2600年以上前の中国またはその周辺が起源とされ,630年以上前にヨーロッパに広がったという[3].コレラ(Cholera)はコレラ菌を病原体とする感染症である.日本で初めてコレラが発生したのは1817年,カルカッタに起こった流行がアジア地域に拡大した際に1822年に流行したとされ,これまでに7回の世界的流行があった[2].スペイン風邪(Spanish influenza)は1918~20年にかけ全世界的に大流行したインフルエンザの通称で約5000万人が死亡したとされる[3].人類が遭遇した最初のインフルエンザの大流行(パンデミック)であり,感染者は全世界で約5億人以上とされる.第一次世界大戦(1914~1918年)の時と重なり,アメリカ軍のヨーロッパ派遣を通じて感染拡大につながったという[3].この感染症の原因はウイルス(Virus:語源はラテン語の毒)である.ペストとコレラは細菌が原因であるが,スペイン風邪はウイルスが原因である.細菌は光学顕微鏡(倍率千倍)で見えるがウイルスは電子顕微鏡(倍率八十万倍)でないとその姿を見ることはできない.ちなみに, 光学顕微鏡による細菌の観察は1684年のオランダのアントニー・ファン・レウェンフック(van Leeuwenhoek,A.)により行われたが,ウイルスの可視化は1939年カウシェ(Gustav Kausche)によるタバコモザイクウイルス(タバコの葉に生じるタバコモザイク病の病原体)まで待つことになる[4].細菌は生物(細胞を持つ,栄養摂取によりエネルギーを生産,細胞分裂により生存・増殖可能)であるが,ウイルスは生物ではないとうい認識がある.その根拠は,細胞がない,エネルギー生産しない,自力で動けない,自力では増殖できないなどの特性による[5].従って,その増殖は動植物の細胞に入り込んで細胞分裂の力を借りて増殖(自己複製)する.その構成要素は,核(ウイルス核酸),カプシド(capsid:タンパク質の殻)とエンベロープ(envelope:カプシドを包む膜)の3つとされる.また,核とカプシドをヌクレオカペシド(nucleocapsid)と言う.ただし,エンベロープの無いものもあるが,現在問題となっている新型コロナウイルスはこのエンベープを持つ[5].しかし,この膜はアルコールですぐに壊れるのでアルコール消毒が有効とされている.ウイルスの増殖プロセスは遺伝子の複製とタンパク質の合成が分業化されており,この2つが組み立てられることで増殖するため,細胞のようにねずみ算的増加より更に大規模な増殖になる可能性が高い.構造は単純(核と殻,そして膜)であるが,増殖スピードが速いという特性を持つ.なお,インフルエンザウイルスの遺伝子は8個の分節からなるRNA(リボ核酸: ribonucleic acid)であり,動植物の遺伝子のDNA(デオキシリボ核酸: deoxyribonucleic acid)とは異なるため変異を起こしやすいと言う特性を持つ[3].これらの特性が疾患対応を難しいものにしている.

人類は感染症との戦いの歴史を通じてこれまで生き延びてきた.寄生虫,細菌からウイルスへとその戦いの相手が益々微細化し,視覚的に相手をとらえ難くなって来ている.見えない敵を相手にする戦いは人類に不安というもう1つの心理面での見えない敵を伴う.しかし,人類のあくなき知識獲得と知識創造行為はこの見えない敵の姿を「見える化」して来ている.そして今日,敵の遺伝子レベルの姿を捉え,更にその遺伝子構造の解明とその操作という段階での戦闘が繰り広げられている.この戦いには遺伝生物学,分子生物学や情報学と言った武器が使用される.人は60兆個の細胞から出来ており,その細胞の種類は200種類でその遺伝子は22,000個(この数字は現時も議論中),そして,その遺伝子を構成するDNAの二重らせんを構成する総塩基数(ゲノムの大きさ)は約30億個であるという[6].この人間が77億1500万人[7]住む地球の問題として感染症を考える時を我々人類は迎えている.COVID-19はそんな問いを我々1人1人に投げかけてきている.

感染症と人類の戦いは自然の良(い)い加減さが人類社会へ混乱を仕掛けて来ていると考えられる. ジェニファー・ライトはその著書[8]で,「人が(病気を)真剣に受け止めないと,病気は喜ぶ」と書いている.この長い戦いの歴史の中で人類がほぼ勝利したのは天然痘が唯一である.Edward Jenner(1749~1823)が牛痘接種法を1796年に開発したが,WHO事務局長が,天然痘の根絶宣言をしたのは1979年であった.この間,183年という時間が経過している.この時間には紛争や戦争といった人と人の戦いという障害もあった.人口爆発とグルーバル化による人,物,カネおよび情報の移動速度の加速が感染拡大のリスクを益々増加している.このような人間社会と,人から人へと感染する感染症との戦いにおいて,孫子の兵法を用いるなら,「彼(カ)を知り己を知らば,百戦殆(アヤウ)からず」の彼(感染症の病原体)より己(人間社会)を知る事の方が我々の課題のような気がする.1人1人の人間の持つ理性と感性がもたらす人間の多様化した行動が感染症問題を大規模化,複雑化そして変動化したものにしてきている.自然のいい加減さは,生物の進化における遺伝,変異そして選択のプロセスにおいて我々人類を試しているような気がする.孫子は戦わずして勝つ事を最善としている.戦わざるを得ない時は,必勝戦略を次善とする(2011年6月コラム「孫子の兵法の影に3人の女性あり」参照).今回のCOVID-19のパンデミックの早期終息と,この機会から我々人類が感染症との戦いを最善策である「戦わずして勝つ」戦略へと持ち込める糸口を見出し,何を次世代に伝えられるかを見守りたい.

参考資料・文献
[1] World Health Organization, WHO Director-General's remarks at the media briefing on 2019-nCoV on 11 February 2020,
https://www.who.int/dg/speeches/detail/who-director-general-s-remarks-at-the-media-briefing-on-2019-ncov-on-11-february-2020 <2020.2.15>
[2] NIID:国立感染症研究所,疾患名で探す感染症の情報,
https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases.html <2020.3.20>
[3] 加藤茂孝,人類と感染症の歴史,丸善出版(2013)
[4] 加藤茂孝, 人類と感染症の戦い- 「得体の知れないものへの怯え」から「知れて安心」へ—第1回「人は得体の知れないものに怯える,モダンメディア,第55巻第9号,243-247(2009) ,http://www.eiken.co.jp/modern_media/backnumber/pdf/MM0909_02.pdf<2020.3.15>
[5] Medical Note,細菌とウイルスの違いとは?,
https://medicalnote.jp/contents/180508-002-CK <2020.3.20>
[6] 山科正平,細胞発見物語-その驚くべき構造の解明からiPS細胞まで-,講談社(2009)
[7] UNFPA, State of World Population 2019,
https://www.unfpa.org/sites/default/files/pub-pdf/UNFPA_PUB_2019_EN_State_of_World_Population.pdf, <2020.3.26>
[8] ジェニファー・ライト著,鈴木涼子訳, 世界史を変えた13の病,原書房 (2018)
以上
令和2年3月

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