コラム KAZU'S VIEW

2021 年04月

卯月の夜空の向こうに思うものは

こと座流星群(国際天文学連合により,正式名称が「4月こと座流星群:April Lyrids」に変更された[1])を探して夜空を眺めて見ても,なかなか見つからない日々が続く.4月22日深夜から23日明け方がチャンスと聞いていたが,不覚にも見逃してしまった.その後,アメリカの民間宇宙開発企業が打ち上げたクルードラゴンなる宇宙船が地球を離れたとうニュースが伝えられた.その宇宙船の日本人クルー,星出彰彦(ホシデ アキヒコ)宇宙飛行士が国際宇宙ステーション(International Space Station :ISS)の船長というミッションを持ち,それまで当該ステーションにいた野口聡一(ノグチ ソウイチ)宇宙飛行士と交代し,野口飛行士は4月29日に地球帰還予定[2]だったが延期された.宇宙でのクルー交代の様子がツイッターで紹介されていたが,3密を忘れさせる画面だった.昨年,12月6日(日)の未明,6年間の宇宙の旅を終えて,やはぶさ2が無事に地球に帰還した[3].日本が宇宙で活躍している姿を思い描き,コロナ禍で下向きな雰囲気の漂う最近の日々の視点を変えて,広い宇宙(ソラ)を見上げ,アフターコロナへの希望を考えてみた.

 こと座流星群の観測記録の最も古いものは,紀元前687年に中国に見られる[4,5].こと座は楽器の竪琴の形をした星座で,その中の一等星であるベガ(Vega: こと座α星)は,七夕のおりひめ星として良くその名前を耳にする.この星座にまつわるギリシャ神話「オルフェウス(オルペウス)のたて琴」は,日本神話に出てくる日本列島を創った, 伊邪那岐神(イザナギ ノ ミコト)と伊邪那美(イザナミ)命夫婦の話と似た結末を持った内容である.つまり,約束を破ることによる悲劇である.かつて,人々は宇宙に自分たちと同じ特性を持つ神を星と結びつけて,自分たちの世界を広げていったように思われる.その一方で,星を物として認識し,その動きの特性を理解することで,方角や時刻を測定し,生活に応用するという試みが,天文学という科学領域を創り出した.この流れはガリレオ・ガリレイ(Galileo Galilei: 1564-1642)まで遡ることができよう.彼の貢献は様々ある.その中でも, 天の川が星の集まりであることを,自ら作った望遠鏡で観測し,明らかにしたことは,今日の銀河系研究の第一歩とされる[6].

 銀河系または天の川銀河と呼ばれるものの形状は,円盤状で渦巻模様があり,中心に棒がある棒渦巻銀河に分類される.その円盤は2000億個の恒星が,10万光年の直径で,地球から2万5600光年離れた中心で回転している.太陽系は秒速220Km,周期2億年で,その中心の周りを公転する.その動きは,中心からの距離にかかわらず,ほぼ等速度で回転する差動回転(注1)によって巨大な渦巻き構造が発生する[6].そして,中心付近にはブラックホールがある.「銀河系が宇宙である.」と言う考え方を実証的に転換させたのは, エドウィン・パウエル・ハッブル(Edwin Powell Hubble:1889-1953年)である.彼によって,我々は現在,宇宙は銀河系の外にまで広がっている事を知った.そして,これまでに宇宙には133個の銀河が見つかっている(注2). ところで,この銀河系の回転運動と現在分かっている天体の質量の関係から,宇宙には陽子や中性子などから構成される既知の物質以外に,ダークマターと呼ばれる存在が予言されている[6],[7].ダークマターは銀河系を取り巻くような球状またはラクビーボールのような形状で,その質量は太陽の2兆倍,直径は100万光年とされ,銀河系円盤の10倍程度の大きさだと推定されている(注3)[6]. 地球の年齢は46億才と言われている.その地球は,天の川銀河の端に位置する太陽系という枠組みの1つである.その天の川銀河は100億年前にガイア・エンケラドス銀河(注4)と衝突し,成長を繰り返してきた.20億年後には天の川銀河は,現在16万3000光年離れた大マゼラン星雲と16.3%の確率で衝突するという.その時,太陽は軌道を外れ,地球は消滅するという仮説もある.

 計り知れない大きさの宇宙という空間と時間に思いを馳せると,現在,我々が日々の生活空間で直面している新型コロナウイルスとの戦いと,その中で模索するウイルスとの共存世界の創造活動は,天の川銀河が他の銀河と衝突を繰り返すことで,自分の世界を拡大してきた歴史と共通する営みとして捉えることができるのではないか.人間は60兆個の細胞からできている[8].ウイルスの世界は,この細胞の1個1個との間の活動空間で形成される.この活動の様子は,電子顕微鏡(倍率八十万倍)無しでは見える化できない.一方で,宇宙を紐解くための手段としては,原子核物理や素量子論などが主要なツールとなる[7].このツールの対象は,物質の根源とされた原子の中身を更に,細分化した世界である.すなわち,原子核から陽子,中性子の世界,そして, クォークと電子と言った素量子の10のマイナス18乗メートルの世界の存在である[9].そして,我々には知り得ないダークマターと言った存在である.ウイルスは生物ではない[10]という認識からすれば,物質の根源の追求は,コロナとの共存世界創造への1筋の光になるのではないか.黄砂でかすんだ空に春霞も加わり,焦点の定まらない希望の光にも思えるが.

(注1)連続体が示す回転運動のうち,各部の角速度が同一なものを剛体回転と呼び,それ以外のものを差動回転という.差動回転する物体は剛体ではありえず,内部の各点間の相対位置は変わることになる.差動回転が観測されている天体には,太陽や渦巻銀河などがある.差動運動している天体は中心に近いほど大きな角速度で回転している.レコード盤は剛体回転する.
(注2)銀河系以外の銀河には,渦巻銀河,棒渦巻銀河,だ円銀河,不規則銀河,球状星団(銀河系の周りの星の密集したもの,数万から数百万個の星で構成され150個が確認されている),矮小銀河などが確認されている.
(注3)東北大大学の千葉柾司(マサシ)教授による試算.
(注4)2018年11月,オランダ・フローニンゲン大学のAmina Helmi教授らの研究チーム
 は,欧州宇宙機関(European Space Agency ;ESA)の宇宙望遠鏡「ガイア」の観測データを使って,天の川銀河の恒星の動きを調べた.その結果,100億年前の天の川銀河に小さな銀河が衝突した歴史が明らかになった.天の川銀河に衝突し,吸収された小さな銀河は,このチームによって「Gaia-Enceladus(ガイア・エンケラドス)」と命名された. エンケラドスはギリシャ神話の巨神で,女神ガイアの子供.この銀河の質量は当時の小さかった天の川銀河の1/4程度だったと推定された.現在の巨大な天の川銀河は,多くの銀河との衝突を繰り返すことで合体,拡大を続けてきたことで形成されたと考えられている.

参考文献・資料
[1] 流星電波観測国際プロジェクト, 4月こと座流星群の基本情報・観測条件, https://www.amro-net.jp/meteor-info/04_lyrids_j.html, 2021年4月22日アクセス
[2] JAXA,プレスリリース・記者会見等, 国際宇宙ステーション長期滞在クルー星出彰彦宇宙飛行士搭乗のクルードラゴン宇宙船(Crew-2)打上げ日時及び野口聡一宇宙飛行士搭乗のクルードラゴン宇宙船(Crew-1)帰還日時の決定について,
https://www.jaxa.jp/press/2021/04/20210416-1_j.html, 2021年4月22日アクセス
[3] 石井和克,2020年12月:「最初の干支のねずみ年はこれからの12年間の先駆けか」, コラム KAZU'S VIEW, https://wwwr.kanazawa-it.ac.jp/ishii/column.cgi?id=209, 2021年4月22日アクセス
[4] 吉田誠一,こと座κ流星群 (κLyrids),
http://www.aerith.net/meteor/04A.Lyr-kappa/Lyr-kappa-j.html,  2021年4月22日アクセス
[5]  佐藤幹哉,2008年4月の観測指針,日本流星研究会天文回報2008年4月号, No.789, pp.2-6(2008).
[6] 水谷仁編集,よくわかる天の川銀河系「我が銀河」の真の姿は? ニュートンプレス(2008)
[7]  須藤 靖, 天文学と宇宙物理学は違うのか?2004年8月15日天文・天体物理 夏の学校: 事務局企画セッション 「天文学と物理学の接点」,
http://www-utap.phys.s.u-tokyo.ac.jp/~suto/myresearch/natsu_gakko04.pdf,  2021年4月22日アクセス
[8] 山科正平,細胞発見物語-その驚くべき構造の解明からiPS細胞まで-,講談社(2009)
[9] 東京大学素粒子物理国際研究センター,素量子の発見と標準理論,
https://www.icepp.s.u-tokyo.ac.jp/elementaryparticle/standardmodel.html,
2021年4月23日アクセス
[10] Medical Note,細菌とウイルスの違いとは?
https://medicalnote.jp/contents/180508-002-CK ,2020年3月20日アクセス
以上
令和3年4月

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