コラム KAZU'S VIEW

2021年08月

Tokyo2020オリンピックを終えて-United by emotionが残したモノ-

8月8日(日)の私の誕生日に,第32回夏季オリンピック大会の閉会式が行われた.東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会開会式および閉会式コンセプトは,「Moving Forward」(注1)で,東京2020オリンピック競技大会開会式コンセプトは,「United by Emotion」.「感動で,私たちは一つになる」という意味が込められている[1].人類は多種多様な違いを活かしながら,共感を通じて連帯し,助け合って生きていく.その実践法の1つがスポーツであるというアピールである.そして,閉会式のコンセプトは「Worlds we share」で,同じ場所に居られなくても,同じ感動をシェアできたことを忘れずに,未来へとつなげていける,という意味.その前提として「world」ではなく「worlds」という複数形で表記し,多様性が,各個人の世界観であるということに基づくという主張になるという[1].そして,8月24日(火)から始まった東京2020パラリンピック競技大会開会式のコンセプトは「We have wings. 誰もが人生の逆風に立ち向かう翼がある」,9月5日(日)の閉会式は「Harmonious Cacophony.個性の違いを認め合い,互いに磨き合うことで不協和音を調和させよう.」となっている[2].この期間には,2つの原爆の日と終戦記念日があり,今を生きる日本人にとっては特別な意味を持つ.更に,COVID-19のパンデミックという私の人生では,これでまでに経験したことのない状況下でもあったことは,人生で忘れられない体験の1つになろう.その意味で,今回の貴重な経験を整理してみたいと思い立った.

Emotionは感情,情緒などと訳されるが,心理学の分野では「情動」と呼ばれる[3].情動は,同じ心理的特性であるMood,「気分」という用語と対比される.情動と気分の違いは,情動が以下の3つの特徴を持っている点である.
(1)原因がはっきりしている.
(2)急激に生起し,短時間で消失する.
(3)発汗や心拍数の増加なとの生理的反応を伴う.
これに対し,気分は穏やかな感情で,長続きする特性がある.そこで,人の心の動きと行動の関係を,「感動」と「行動」という関係で認識し,これを「振り子」として捉えてみよう.振り子は左右に振動(スイング)する[4].その左右の端に感動と行動を位置づける.この感動,すなわち心の動きとしてのパターンを情動と気分に分けると,情動の方が激しい動き,つまり,エネルギー量が大きいので,振り子のもう一方側にある行動も大きな変化を伴うことになる.従って,大きな行動の変化は,心のエネルギー量の大きな情動の方が起きやすく,エネルギー量の少ない気分では起きにくいことになる.しかし,情動は長続きしないので心の大きな動きを行動の変化に移すタイミングが重要性を増す.「鉄は熱いうちに打て」は,そのことを言っている.また,情動は,その原因がはっきりしていることから,自らが心のエネルギーを高めるきっかけを意図的に作り出すことが可能である.そのきっかけの1つがオリンピックになる.すなわち,「より速く(Citius),より高く(Altius),より強く(Fortius)」(注2)で示されるアスリート達のスポーツパフォーマンスとそれに至る行動を見た人たちが,「共感」を通じて,自らの心の動きを情動化する.共感(Sympathy)とは,他人の体験する感情や心的状態,あるいは人の主張などを自分も全く同じように感じたり,理解したりすること,という意味である(広辞苑第6版).オリンピック史上初めての無観客開催で,この共感性をどのように作り出すのかの舞台装置としてUNION OF EMOTIONS(注3)というデジタル技術と感情分析AIを組込んで,応援メッセージと画像をアスリートに届けると共に応援者同士でこれを共有するという無料サービスの試みが,2020年に設立された日本のベンチャー企業によって行われた[5,6].

オリンピック大会とパラリンピック大会の間は,お盆と終戦記念日があり,終戦に関連した番組がいくつかあった.その中で,強く印象づけられたのは,「銃後の女性たち〜戦争にのめり込んだ“普通の人々”〜」というタイトルのNHKスペシャル[8]という番組だった.「国防婦人会」で活動経験を持つ80歳を超えた女性達の戦争観が語られていたように思う.国防婦人会とは,白エプロンにたすきがけ,やかんを下げ,あるいは小旗をふって出征兵士の見送りに,帰還兵士の出迎えにくり出した日本の婦人組織で,1932(昭和7)年にわずか40人で,大阪で発足したものが10年後には1000万人にふくれ上り,日中戦争下の銃後体制を支える要の1つとなった組織である[9].彼女達をして,この組織活動に駆り立てたものは,この組織が女性の社会進出の機会・場であったとされる.しかし,当時,婦人参政権活動を進めていた市川房江らの活動とは一線を画していた[8,9].国防婦人会のスローガンは「国防は台所から」であった.1932年3月に三谷英子,安田せいらを中心に大阪国防婦人会が発足し,同年10月に大日本国防婦人会となってから,徐々に軍の影響を受け,組織の巨大化が加速していく.そして,やがて,自らの分身として生み出した我が子の命を国に捧げる思いで出征祝いを行うという,やむを得ず当時の社会性という名の圧力に屈したことへの怨念のようなものを,彼女たちの言葉から感じた.彼女達の言葉で心に残るのは,「お国のために我が子の命を捧げた結果は,あまりにも悲しい.」,「90歳を超えたこの年になっても社会の動きに真剣に耳を傾け,その現象・事象に対する自らの意見を持とうとしている.それは,世中の偉いと言われる人の言葉を素直に受け入れず,自らの考えを持って判断する.」であった.正に,福沢諭吉の言う,「一身独立し,一国独立す.」の志ではないか.彼女らにそう言わせる時代背景が1930〜40年というこれまで幾度か言及してきた時期[10〜12]と重なる.別のTV番組だったが,「戦後76年を経て,今の日本の現状が1930〜40年代に似た風潮を感じる.」と発言された方が,「明治維新以降,日清戦争から10年おきに日本は戦争を国家事業として行って来た国だ.」という発言をされていた.その時代年表を確認すると,以下のようになる.
1868年 明治維新
1894〜95年 日清戦争
1904〜05年 日露戦争
1914〜18年 第一次世界大戦
1927年 第1次山東出兵(日中戦争開始)
1931年 満州事変
1937年 日中全面戦争
1941〜45年 太平洋戦争(第2次世界大戦1939〜45年)
1945年 終戦
この歴史の流れの中で,日露戦争直後に,1945年の終戦の結末を予見した人がいたという.それは,1937(昭和12)年に日本人初の米国イェール大学教授となった歴史学者の朝河貫一(アサカワ カンイチ)だという[13].彼は,1909(明治42)年に著した「日本之禍機」(実業之日本社)で,日露戦争後の日本の姿から将来の「禍機(カキ)」,すなわち,世界から孤立し,国運を誤ることのないように,日本に警鐘を発している(注4).この流れの中で, 1940(昭和15)年に開催予定されていた1回目の東京オリンピック(第12回夏季オリンピック)大会を,日本は開催辞退し,このオリンピック大会は結果的に中止となった.

今回のTokyo2020もコロナ禍での開催に際し,開催中止の選択肢も世論には持ち上がったが,開催実施となった.世界のアスリート達の熱戦に多くの共感を共有している内に,1日のコロナ感染者数がこの1ヶ月の間に,全国で1万人から2万人へと急増した.コロナ禍での移動自粛のために,ここ2年間,私を含め,お盆に先祖供養ができなかった人も多いと思う.前回の東京オリンピック(1964年10月10日〜24日,パラリンピックは,同年11月8日〜12日)とは違い,今回は8月という日本にとっては特別な時期に開催が重なった.すなわち,平和の祭典であるオリンピック開催と終戦記念日という戦後日本の平和創りの原点を同時に考える機会を我々は経験している.世界が1つになると言うことは,「言うは易し行うは難し」.共感はできても,行動の変革は難しい.オリンピアンから受取った情動のエネルギーを,我々1人1人がCOVID-19との戦に新たにどう1歩踏みだし,その先の未来に歩みを進めるか,を「一身独立し」の志を持って行動することに活かす工夫・努力が必要になろう.そして,「戦争は激しい情動の源泉であるため,多くの芸術のテーマになってきた.平和は失われて初めてその尊さが分る.平和のうちに暮らしているとき,人はことさらにそれに思いをはせることはない[14]」という「平和」に関して考えてみたいと思う.


(注1)スポーツの力で世界中をつなげ,未来に向かって希望を生み出す場.前を向いて生きるエネルギーを,一人ひとりに届ける時間.今までの常識を変えて,よりよい当たり前をみんなで作っていくチャンスを東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会と位置づけている[1].
(注2)2021年8月8日に東京で開催されたIOCの第138回総会で「より速く,より高く,より強く」という五輪のモットーに新たに「共に(together)」を加えることが決定された.その意味は「共に困難に立ち向かう」という文字通りの意味の他に「コロナ禍を克服して大会を開催できることは,全人類が前向きに進みたいという共通の願いの現れ」も含まれるとされる.
(注3)株式会社I'm beside you(東京都世田谷区,代表取締役社長神谷渉三(カミヤ ショウゾウ)がTokyo2020オリンピック大会に向けて世界中の人たちがアスリートを応援する様子を動画や写真で自ら撮影し,投稿することで,一人一人の感情がビジュアル化され,地球上に喜怒哀楽の色分けで表示されるサービス.コロナ禍の苦しみを,次の世代の喜びにするための試みとしてこの会社が提案した.2020年に設立されたこの会社のメッセージ「社会全体が学校になるまで,私たちは挑戦を続けます.」[7]には共感を覚える.
(注4)朝河貫一は,福島県二本松市出身で,東京専門学校(現早稲田大学)卒業後,米国ダートマス大学卒業後, イェール大学大学院へ進み1902年に同大学院から博士号を授与されている.彼は著作活動ばかりではなく,日露講和会議では,舞台裏で日本の立場を主張し,世界中に日本に対する支持を訴え,太平洋戦争直前には戦争回避を目的として当時のアメリカ大統領ルーズベルトから昭和天皇への親書の草案作りに取組んだ.彼の指摘は,中国における米英と日本の勢力争いが国際紛争化する必然性を歴史学的な視点で示唆したものである.

参考文献・資料
[1]  公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会,Tokyo2020 開会式・閉会式,https://olympics.com/tokyo-2020/ja/ceremonies/,2021年8月26日アクセス
[2] NHK,NEWS WEB,東京2020オリンピック,
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210821/k10013216251000.html ,
2021年8月26日アクセス
[3] 池田謙一,唐沢穣,工藤恵理子,村本由紀子,社会心理学 ‎補訂版,有斐閣(2019)
[4] K.Ishii and T.Ichimura, A Trial Discussion for the Future of Innovation-Integration of Fusion Model and Swing Model of Values-, Proceedings of the 20th ISPIM International Conference CD- Version,1-8,(2009)
[5] I’m beside you.あなたの気持ちで, https://world-emotions.imbesideyou.com/ , 2021年8月26日アクセス
[6] PR TIMES, 株式会社I'm beside you, 
  https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000019.000066162.html ,2021年8月26日アクセス
[7]  I’m beside you. https://www.imbesideyou.com/ ,2021年8月26日アクセス
[8] NHK,NHKスペシャル: 「銃後の女性たち〜戦争にのめり込んだ“普通の人々”〜」
https://www6.nhk.or.jp/nhkpr/post/trailer.html?i=30482 , 2021年8月26日アクセス
[9] 藤井忠俊, 国防婦人会-日の丸とカッポウ着-,岩波書店(1985)
[10] 石井和克,センポ(千畝)という人は日本人初のグローバル人財,コラム KAZU'S VIEW 2018年9月, https://ishii-kazu.com/column.cgi?id=182 ,2021年8月26日アクセス
[11] 石井和克,後1年を切ったTokyo 2020に今の日本人は何を夢見るのか,コラム KAZU'S VIEW2019年07月, https://wwwr.kanazawa-it.ac.jp/ishii/column.cgi?id=192 ,2021年8月26日アクセス
[12] 石井和克,池上彰の戦争を考えるSP-1つのウソが息子たちを戦場に-を見て,コラム KAZU'S VIEW 2019年9月,https://wwwr.kanazawa-it.ac.jp/ishii/column.cgi?id=194 , 2021年8月26日アクセス
[13] 朝河貫一,日本の禍機,講談社(1987)
[14] 高柳先男,平凡社編,「平和」世界大百科事典,平凡社(2000)
以上
令和3年8月

先頭へ