コラム KAZU'S VIEW

2021 年12月

人生70年代に入った年に思ったこと

辛丑(カノト ウシ)も残り少なくなった.新たに迎える壬寅(ミズノエ トラ)はどんな意味を持つ干支になるのか.「壬」は「妊に通じ,陽気を下に姙(はら)む」,「寅」は「螾(ミミズ)に通じ,春の草木が生ずる」という意味があり,そのため「壬寅」は厳しい冬を越えて,芽吹き始め,新しい成長の礎となるイメージになるという[1].辛丑は,植物が枯れて,朽ちる状況であり,一方で芽が種子の殻を破って出る状況を意味することから,令和4年は,With コロナ社会が本格的に歩みを始めるという意味になろう.そこで,人生70年代に突入した今年の1年を振りかえって見る.

 この1年で印象に残るモノを上げると2つになる.1つめは,大学での最後の講義についてである.2年目のコロナ禍でのリモート授業になり,その要領にも慣れて来た一面,コロナ以前の授業ではグループ学習主体だった授業運営が,リモート学習では個人学習主体で運営している.グループ学習では,受講生が互いに教え合うという学習体験の場を創って,理解度を高めることを狙いとしたが,リモート授業では受講生と教員が1対1で質疑をメールやZoomで行う.前者は口頭によるコミュニケーションが主体だが,後者は筆談になるので,後者の方が質疑は的確で,効率的に行える.すなわち,受講生は筆談を繰り返すことで,自らの質問内容を整理,整頓する経験を通じて的確な質疑応答能力を習得する機会が創れる.しかし,教員とのコミュニケーションに距離感を持つ受講生には,この機会はハードルが高くなることが考えられる.自律心のある受講者は,好きなだけ知的好奇心を充足することができるが,自律心の希薄な受講生にとっては学習への動機付け機会が別途必要になる.37年間の最後の授業を思い残すことのないモノにしたいと思いつつ,準備はしたものの,人材育成の底知れぬ深みと面白みを,思い知らされた年となった.2つめは,新たな外部環境要因として,地元町会の町会長を拝命したことである.隣近所については皆目,不案内で,生まれ,育ちとは関係ない土地に来て,30年以上を過ごさせてもらった恩返しの意味で引き受けた.170世帯,500名を超える住民が,コロナ禍で直接交流を絶たれ,事業自粛の日々の中でどのようにコミュニケーションを図り,事業を途絶えさせないようにするか?に苦心した.そこで,着目したのがデジタルコミュニケーションであった.たまたま,コロナ蔓延以前から,地域コミュニテイーを対象とした携帯電話主体のWebネットワークが立ち上がっていたので,これを活用し,役員会をZoomで開催したり,回覧板情報を地域ネットワークに掲載したり,町会の出来事をタイムリーにネットワークに掲載した.また,防災活動としてネットワークの安否確認機能を学習する場を設け,その様子をYouTubeに視聴できる環境を整えた.その一方で,町会の沿革の資料をネットライブラリーに蓄積することにより,40年以上続く町会の歴史を世代間で共有し,次世代への継承を担保していく戦略をとってみた.その結果,当初はデジタル化に抵抗を示すであろうと予想していた70歳以上の方々からの積極的な反応に驚かされた.地域ネットワークに関する登録手続きに関する資料を回覧板で流すと,すぐに80歳を超える女性の方々から手続き方法を直接教えて欲しいという連絡が入った.これを機に,町会内のデジタル化推進プロモーションを行い,町会内世帯の三分の一近い登録を実現できた.一番反応が無かったのは30~60代の男性層であった.コミュニテイーマネジメントの実践を通じて,新たな課題発見があった.

 21世紀に入り20年が経過した.21世紀とはどのような世紀であるのか.ユヴァル・ノア・ハラリ著(注1),柴田裕之訳のホモ・デウス : テクノロジーとサピエンスの未来[2,3]には,人間(ホモ・サピエンス)が神(ホモ・ゼウス)になるという仮説が記されている.生物史の中で,人間(ホモ・サピエンス)のみが自然の摂理を超えようとしているというテーマである.この著者は人類の永遠の課題は,戦争,飢餓そして疾病の克服であったとし,その課題は,21世紀に入り,克服され,人類は神の世界に足を踏み入れたとしている.この人類の,自然の摂理を超えた行いが,自らの幸せに繋がるのであろうか?という問いかけをしている.科学・技術の発展は20世紀を,この上ない物的豊かさに導いたが,その反動として人類のおごりがバベルの塔のごとき試みになるのではないかと問う.戦争やテロで死ぬ人の数より,自殺する人の数の方が多い.飢えで死ぬ人の数より,糖尿病や肥満症で死亡する人の方が多いという数字を上げて,啓蒙をしている.人間の数千年の歴史を通じて,家畜という生き物を作り出し続け,野生の動物の数をはるかに上回る人間に飼い慣らされた動物が,地球上に増え続けている事を指摘している.彼が,人類の未来に掲げたキーワードは,「不死」,「幸福」そして「神性」の3つである.

 不老不死は人間の永遠の課題であった.しかし,科学・技術の発展によって人工臓器やサイボーグ技術を使えば,経済力が許す条件下では生きながらえる術を人間は,得つつある.しかし,人間に取って永遠の命は幸せに繋がるのか.長寿は幸せなのか?人生100年時代は人類に安穏をもたらしうるのか?町会の年齢構成の四分の一余りが70歳以上という現実を見据えた上で,長寿の幸せとは何かを,コミュニテイーマネジメントの実践機会を通じて,しっかりとこの課題に対する回答を得るための準備をして新年を迎えたい.

(注1)ユヴァル・ノア・ハラリ (Yuval Noah Harari)は,イスラエルの歴史学者で,世界的ベストセラー「サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福」[4,5]で一躍その名前を世界中に知らしめた. 「サピエンス全史」が人類はどこか来たのかを,そして, 「ホモ・デウス」では,人類はどこへ行くのかを解き明かそうとしている.

参考文献・資料
[1] QUO CARD Co., Ltd, 2022年は「壬寅(みずのえとら)」意外と知られていない干支の由来と特徴とは? https://www.quocard.com/column/article/eto2022/ ,2021年12月25日アクセス
[2] ユヴァル・ノア・ハラリ著,柴田裕之訳,ホモ・デウス:テクノロジーとサピエンスの未来(上),河出書房新社(2018)
[3] ユヴァル・ノア・ハラリ著,柴田裕之訳,ホモ・デウス:テクノロジーとサピエンスの未来(下),河出書房新社(2018)
[4] ユヴァル・ノア・ハラリ著,柴田裕之訳,サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福,河出書房新社(2016)
[5] ユヴァル・ノア・ハラリ著,柴田裕之訳,サピエンス全史(下)文明の構造と人類の幸福,河出書房新社(2016)
以上
令和3年12月

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