コラム KAZU'S VIEW

2022年10月

体と心から自分を見つめ直す

退職してから丸6ヶ月が経過した.新たな人生を始めるための準備の1年間と決めてから半分の時間が過ぎた.この6ヶ月間の自らの変化を踏まえ,残りの半分の時間をどのように過ごすかを考えてみた.

世界保健機構(WHO)の定義では,65歳以上の者を高齢者としている.日本では,さらに,65〜75 歳が「前期高齢者」,75歳以上が「後期高齢者」と定義される[1].私の場合は,前期高齢者に該当するが,自身としては70歳をその自覚タイミングとして認識している.見た目としても,白髪,脱毛,しわ・しみ・たるみなどの老化の兆候は確認できる.感覚機能の低下も老眼,白内障,難聴といった指摘を医師から受ける.また,筋力の低下などから日常生活動作(Activities of Daily Living:ADL注1)能力が低下し,移動や排泄,食事,入浴などの活動性の低下を歩行中のつまづきの増加,排尿回数の増加,食事量の減少などで自覚できる.この6月に生まれて初めて人間ドックを受診した.誕生日祝いを兼ねて1泊2日の夕食,宿泊付きのコースを選んだ.診断結果は,治療を要する事項はなかったが,吸入系アレルギーと筋肉量不足が注意事項として気にかかった.アレルギーについては,この数年間,花粉症をきっかけに慢性鼻炎との付き合いをして来ていた経緯があったので,自覚できていた.しかし,COVID-19感染予防法として受診病院の受付で行った臭覚機能のチェックで,全く匂いを感じることができないことにショックを受けた.幸い,慢性鼻炎の既往症があることから感染者扱いは受けずに済んだ.その後,耳鼻科で臭覚機能の精密検査を受け,薬治療で機能回復したが,無臭覚でいたことに気づかなかったこと,嗅覚を取り戻した時の新鮮な感覚は,驚きであった.改めて,自分自身の体について点検をしながら生活することを学ぶ良い機会となり,早めの,うれしい誕生日プレゼントになった.

退職を機に,家内から老後の生活の1つとしてスポーツジムを提案されていたが,なかなかその気になれずにいた.5月の連休明け頃から試しに,ジム通いを始めて見た.高齢者用のプログラムとして「ピンピン(注2)会員コース」というものがあったので,利用することにした.最初にトレーナーの指導により,入会動機に基づくトレーニングメニューの作成と使用機器の操作法の説明が6回程度あり,その後は自主的なメニュー改善と任意のカウンセリングサービスという内容であった.入会当初は,積極的な目的意識はなかったので,様子眺めを目標にした.とりあえず,ウオーミングアップのために1周100mのトラックを使ったメニューと標準的な筋力アップマシーン7種からなるメニューでスタートした.いつまで続くかの疑念を持って始めた.2週間ほどかけてこの初心者メニューをこなしたが,筋肉痛が伴った.初心者メニューを修了し,6月に入ると自分のオリジナルメニューに取り組んだ. メニューを考える際には,50年前の記憶を参考にした.大学の学部1,2年次にバーベルクラブに所属し,ベンチプレス競技のトレーニングをする前のウオーミングアップとして,かなりきついランニングをしていたことを思い出した.そこで,トラックを使ったメニューでは,30周のランニング(走)とウオーキング(歩)を組み込んだ.最初の内は,歩:走の比率を2:1の比率でウオーキングの割合を多くし,次第にランニングの比率を高めて行った.これは,距離を条件として時間短縮を考えてのメニュー作りであった.その後,8月に入ると40周,9月には50周,10月に入ると80周と距離を伸ばしながら,走歩の割合を変化させて時間短縮を進めた. ウオーミングアップを90分,機器トレーニングを90分,入浴を30分とするメニューが現在のものである.このメニュー作りを84回のジム通いで行ってきた.この期間を通じて,自分の体と心との対話を,主にウオーミングアップの段階で続けて来た.トラックを走り始めて8〜15周目頃が最も呼吸が苦しくなる場面に遭遇する.この段階を克服すると,次に,ふくらはぎの硬直感や股関節の痛み,疲労感を感じ出す.これらの肉体的苦しみに対し,精神面での葛藤が起こる.「走るのをやめて,楽になろう.」,「このまま走り続けて,体を壊したら元も子もない.」という心の言葉に対し,「この苦しさを克服できたら,達成感という満足が得られる.」,「自分の限界を超える自信が出てくる.」,「今の苦しみを一時忘れる方法はないか.」,「ラップタイムを意識して苦しみを忘れよう.」,「BGMに併せてリズムを取って気分を変えよう.」というような言葉が聞こえてくる.これらの葛藤における両者の駆け引きを,自分の体からの感覚と対話しながら眺めている自分を体験できた.

半年をかけて,自由になる時間で自らを体と心を通じて知るために投資した結果を,自分なりに評価してみて気づいた点は,「老いること」を実感とデータで確認できたことである.「老い」は, 仏教で言う「四苦(注3)」,すなわち,「生まれること」,「老いること」,「病むこと」,「死ぬこと」の1つである.「苦」は,仏教における一切の現象の真の姿を現す「三相(サンソウ)」(注4)という言葉の1つになる.そして, 「苦(dukkha:ドウツカ)」は,釈迦が発見した「生命に関する真理」で,「苦しみ」も「楽しみ」も含めて,「命」そのものであるとされる[5]. また,苦は,生命が生きていくのに必要不可欠なものであり,苦を認識する機能・はたらきを心という.そして,「ある苦しみ」を「別の苦しみ」に変えることが,「生きること」の正体だとしている[5].初めての人間ドックで指摘された体の吸入系アレルギーと筋肉量不足のデータを基礎にして,トレーニングメニュー作成した.そして,トラック周回数とトレーニング時間をパフォーマンス指標として,その因果関係を評価しながら,苦を認識する機能としての心の関わりを体験した.これは,「今の瞬間を生きる」という瞑想[8],[9]の世界を覗き込んだことになろう.未来である残る半年を考えることは,無常の真理に対する執着,すなわち,煩悩に取り付かれていることになろうが,「消すべき苦がある限り,楽を感じる.」[5]の仮説検証に取り組んでみたい.

(注1)日常生活動作とは, 日常生活を送るために最低限必要な日常的な動作で,起居動作・移乗・移動・食事・更衣・排泄・入浴・整容動作のこと. 高齢者や障害者の身体能力や日常生活レベルを図るための重要な指標として用いられる. 日常生活動作には,基本的日常生活動作(basic ADL:BADL)と手段的日常生活動作(instrumental ADL:IADL)とがある. 基本的日常生活動作とは,一般的に日常生活動作のことを指し,日常生活における基本的な起居動作・移乗・移動・食事・更衣・排泄・入浴・整容動作を指す.一方, 手段的日常生活動作は,掃除・料理・洗濯・買い物などの家事や交通機関の利用,電話対応などのコミュニケーション,スケジュール調整,服薬管理,金銭管理,趣味など, 基本的日常生活動作の次の段階の複雑な日常生活動作のことを指す[2].
(注2)このネーミングは,病気に苦しむことなく,元気に長生きし,病まずにコロリと死のうという意味の標語である「ピンピンコロリ(PPK)」から来ていると考えられる.この言葉の対義語としては,病気に苦しむことなく,元気に長生きし,病まずにコロリと死のうという意味の標語「ネンネンコロリ(NNK)」がある[3],[4].
(注3)仏教では,四苦にさらに,愛する者と別離することの愛別離苦(アイベツリク),怨み憎んでいる者に会う苦しみの怨憎会苦(オンゾウエク),期待するものが得られない苦しみの求不得苦(グフトクク),人間の肉体と精神が思うようにならない苦しみの五取蘊苦(ゴシュウンク)を加えて八苦ということがある[5].
なお, 五取蘊苦は他の7つの苦が現象的苦であるのに対し,真理としての苦として釈迦が説いたもの. 五蘊とは,命の働きの構成要素として,色蘊(肉体),受蘊(感覚),想蘊(6感を通じて入る情報を現象や概念に変換するシステム),行蘊(衝動),識蘊(認識システム)の5つを指す.この五蘊に執着(取)の意味を付けて「五取蘊」という[5].
(注4)三相とは,「無常(諸行無常)」,「無我(諸法無我)」,「苦(一切皆苦)」である.「無常」とは, 物質も心も,一切の現象は一時的に成立しているにすぎず, その存在は変化するということ.この変化の流れを我々は「時間」という概念で理解しようとしているに過ぎない[6].「無我」とは,無常の真理から,「自分」は瞬間,瞬間で変化する存在であり,1つの流れである.従って,絶対変わらない自分(自我)は存在しないということ[7].

参考文献・資料
[1] サントリー,高齢者の特徴とは?身体的特徴・心理的特徴について解説,サントリーウェ
ルネス0n-line,https://www.suntory-kenko.com/column2/article/6306/ ,2022.10.18ア
クセス
[2] 公益財団法人長寿科学振興財団,自立生活の指標:日常生活動作(ADL)とは,健康長寿ネット, https://www.tyojyu.or.jp/net/kenkou-tyoju/kenkou-undou/jiritu.html ,
2022.10.18アクセス 
[3] 蔵本浩一, 「ピンピンコロリ」を考える,医療法人鉄蕉会医療ポータルサイト,
http://www.kameda.com/patient/topic/acp/04/index.html , 2022.10.18アクセス
[4] 長寿いきいき研究所,ピンピンコロリの法則, 健康長寿プロジェクト,
https://ikiiki-laboratory.com/ppk/index.html, 2022.10.18アクセス
[5] アルボムッレ・スマナサーラ, 苦の見方-「生命の法則」を理解し「苦しみ」を乗り越える-,サンガ(2015)
[6] アルボムッレ・スマナサーラ, 無常の見方-「聖なる真理」と「私」の幸福-,サンガ(2009)
[7] アルボムッレ・スマナサーラ, 無我の見方-「私」から自由になる生き方-,サンガ(2015)
[8] J.カバットジン著,春木 豊訳,マインドフルネスストレス低減法,北大路書房(2007)
[9] 石井和克,自分自身に向き合うことについて,コラム KAZU'S VIEW, 2021年10月のコラム, https://ishii-kazu.com/column.cgi?id=219 , 2022.10.28アクセス

令和4年10月
以上

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