コラム KAZU'S VIEW

2022年12月

壬寅年の締めくくり−癸卯(ミズノト ウ)年に向けて−

師走に入り,日本中が注目したのはサッカーのワールドカップではなかったか.予選リーグでドイツ,スペインとコスタリカのグループEを首位で勝ち抜けした.FIFAランキングでは明らかに劣勢であったドイツとスペインに逆転勝ちし,楽勝と思われたコスタリカに敗退した.決勝トーナメントでは,クロアチアにPK.戦1対3で敗れ,8強入りは果たせなかった.そのクロアチアは優勝候補筆頭であったブラジルを破り,準決勝に進み,フランスに敗れたものの,三位決定戦では,モロッコに2対1で勝ち,3位となった.決勝は,フランス対アルゼンチン戦となり,リオネル・アンドレス・メッシ・クッシッティーニ(Lionel Andrés Messi Cuccittini)の活躍もあり,PK戦4対2でアルゼンチンが36年ぶり,9大会ぶりの優勝となった.決勝戦はメッシ(アルゼンチン)とキリアン・エンバペ・ロパン(Kylian Mbappé Lottin,:フランス)の得点王争いも注目の的となった. 壬寅(ミズノエ トラ)年は,厳しい冬を越えて,芽吹き始め,新しい成長の礎となる年とされる. 改めてこの1年を振り返ってみた.

壬寅年はスポーツの明るい話題が特に目立ったように思う.その陰の部分には,オミクロン株(SARSコロナウイルス2-オミクロン株: SARS-CoV-2 Omicron variant)によるパンデミックやロシアのウクライナ侵攻があっただけに,より一層その輝きが目立つ結果となった.その主な陽の部分を上げてみると, 2月の第24回冬季オリンピック北京大会で日本選手団が金メダル3個,銀メダル6個,銅メダル9個の計16個と歴代最多数のメダル獲得数となったことによって始まった[1]. 3月の世界フィギュアスケート選手権男子シングルでは,宇野昌磨(ウノ ショウマ)が優勝,鍵山優真(カギヤマ ユウマ)が2位となり,女子シングルでは坂本花織(サカモト カオリ)が優勝した.6〜7月にかけて,第19回世界水泳選手権大会(ブタペスト2022)で乾 友紀子(イヌイ ユキコ)がアーティスティックスイミングソロ・テクニカルルーティンおよびソロ・フリールーティンで2冠を達成し,ソロ・テクニカルルーティンでの金メダル獲得および世界水泳選手権大会アーティスティックスイミングにおける複数種目での金メダル獲得を日本人で始めて達成した.同時期に開催された2022年 ウィンブルドン選手権車いす男子シングルスでは,国枝慎吾(クニエダ シンゴ)が初優勝を果たし,この優勝によって同種目史上初のキャリア・ゴールデン・スラム(注1)を達成した.7月, 米スポーツ局(Entertainment and Sports Programming Network :ESPN)が主催するスポーツ界の年間表彰となる「ESPY賞(Excellence in Sports Performance Yearly Award)」で「男性最優秀選手賞」と「MLB最優秀選手賞」の2冠をメジャーリーグのエンゼルス大谷翔平(オオタニ ショウヘイ)が獲得した. 男性最優秀選手賞受賞は日本人初であった.同月,第18回世界陸上競技選手権大会(オレゴン2022)で山西利和(ヤマニシ トシカズ)が男子20km競歩で金メダルを獲得し,大会2連覇を達成した.男子100m決勝では,サニーブラウンが7位と日本人初のファイナリストになり, 北口榛花(キタグチ ハルカ)が日本女子やり投げで史上初のメダルを獲得した.8月大谷翔平は,1918年のベーブ・ルース(George Herman "Babe" Ruth, Jr.)以来となる2桁勝利と2桁本塁打を達成し,104年ぶりの記録を達成した. 10月村上宗隆(ムラカミ ムネタカ)は,本塁打56本,打率3割4分6厘,打点134点で最年少3冠王になった.また,本塁打数は王貞治の記録を更新し,日本人打者新記録を達成した[2],[3].6月にバンタム級で日本人初の3団体統一王者となった井上尚弥(イノウエ ナオヤ)が,12月にWBAスーパー, WBC,IBF,WBOスーパー世界バンタム級統一王者の4団体(注2)統一王者に日本人初,史上9人目となった.同月,フィギアスケート・グランプリファイナル(トリノ)では,男子シングルで宇野昌磨が優勝, 山本草太(ヤマモト ソウタ)が2位,女子シングルで三原舞依(ミハラ マイ)が優勝, ペアで三浦璃来(ミウラ リコ)・木原龍一(キハラ リュウイチ)組が優勝. ジュニア女子シングルで島田真央(シマダ マオ)優勝した.これらをはじめとする日本人アスリートの世界での活躍は,多くの日本人を勇気づけ,明るい話題を振りまいてくれた.

来る年は,十干十二支では40番目にあたる癸卯(ミズノト ウ)年に当たる.陰陽五行説(注3)では,癸(ミズノト)が水の陰のエネルギーを表し,卯(ウ)が木の陰のエネルギーを表す(水生木:全ての樹木は水によって生きている).十干の最後にあたる癸は,生命の終わりを意味するとともに,次の新たな生命が成長し始めている状態を意味する.うさぎのように跳ね上がるという意味があり,卯年は何かを開始するのに縁起がよく,希望があふれ,景気回復,好転するよい年になると言われる[6].私自身,来年は,6回目の年男(生まれた年は年男になれない)に当たる.前回年男だったのは,2011(平成23)年で東日本大震災となでしこジャパンの第6回女子サッカーワールドカップでの優勝のあった年になる.その年の8月にドイツのStuttgartで開催された第21回ICPR(国際経営工学会議)に出席し,その時の理事会で会議運営母体であるThe International Foundation for Production Research (IFPR)の会長に選出された.その時の就任スピーチで集まった世界の友人達に向けて震災復興への励ましに心からお礼を述べたことを鮮明に覚えている[7].任期は2年間であったが,国際的な学術組織の運営を通じて貴重な課題解決の機会と国の枠を超えた協働組織の運営ノウハウを得ることができた.また,この時当たりから研究テーマの領域が人材育成にシフトし,そのアプローチも社会実装型になり,地域産業界とのコンソーシアム形態や大学院・学部のプログラムに産業界と連携した実習や改善提案の場を組み込んだ学習プログラムの開発,実証が中心となっていった.これらの変化は,IFPRの会長時の経験と,その時,一緒に汗を流した世界の友人達の支援が大いに作用していたと思われる.その後,国内学会の会長職に付く機会があった際も,この成果を大いに活用させて頂いた.この12年間の残りの2年は,次の世代への引き継ぎと,コロナ禍で生じたリモート学習環境の有効活用研究への準備に当てた期間になった.

今年の漢字は,「戦」になったそうだ[8].戦いには,相手が必要になる.国対国,個人対個人,人対ウイルスそして個人の内心における葛藤なども含まれよう. 広辞苑[9]によれば戦(セン)とは,「たたかうこと」,「いくさ」,「しあい」,「競争」,「ふるえおののくこと」という意味があるという. 壬寅年は,上記の意味の全てに渡った事象が世界的な話題として取り上げられ,世界の人々の身近な日常に関わった年であった.その事象が, 陰陽五行説で言う相生と相剋のいずれの動きから生じるのか.相生は共創に,相剋は競争にと通じるのではないか.戦いの相手がいずれであっても,互いの理解を促進することで競争を共創へと変化させることへの努力の積み重ねが, 癸卯年が平和で,希望にあふれ,好転する動きへと繋がるのではないか.日本人アスリートの頑張りを我々が引き継ぎ,大きなうねりへと変化させる地道な努力が求められる.
 
(注1)全豪オープン,全仏オープン,ウインブルドン選手権および全米オープンの4大大会及びオリンピック,パラリンピックを制することをゴールデン・スラム (Golden Slam) という.ゴールデン・スラムは4年に一度しか達成可能な機会が無いために,最難関の偉業とされている.
(注2)現在,ボクシング界には世界各地ごとに多数の王座認定団体があるが,そのなかでも最も権威があるのは,WBA・WBC・IBF・WBOの4団体と言われている.最も歴史が古い団体はWBA(世界ボクシング協会:World Boxing Association)であり,前身の団体は1921年設立された.これに次いで順次1963年にWBC(世界ボクシング評議会: World Boxing Council),1983年にIBF(国際ボクシング連盟: International Boxing Federation),1988年にWBO(世界ボクシング機構: World Boxing Organization)が設立されている[4].
(注3)鄒衍(スウエン:BC305 〜BC240)の陰陽五行説とは,世界の成り立ちを陰と陽の2大元気(元素)が交わることで,五元素(木・火・土・金・水)が生まれ,この五元素が同調したり,反撥したりして五気と呼ばれる世界の動きを形成するという認識論である.五行の運動は相生(ソウショウ)と相剋(ソウコク)の2つに分類され,相生は,五気が木→火→土→金→水の順に相手を生み出して行くプラスの関係を形成するとしている.逆に,相剋は1つおきに相手を負かすマイナスの関係となる.例えば,相生では「木生火(モクショウカ)」で木と木を摺り合せれば火が生まれる,「火生土(カショウド)」で物が燃えて灰(土)が生まれる,に対し,相剋では,「木剋土(モッコクド)」で木は根を地中に張り養分を奪う,「土剋水(ドコクスイ)」で土は水を塞き止めて勢力を弱める,というような関係性を形成する.
さらに,この五気を陰(兄:エ)と陽(弟:ト)に分け,時間と空間を表す10個の数詞(十干:ジッカン)を作った.すなわち,「木」の兄は甲(キノエ),弟は乙(キノト),「火」の兄は丙(ヒノエ),弟は丁(ヒノト)のように,以下,戊(ツチノエ),己(ツチノト),庚(カノエ),辛(カノト),壬(ミズノエ),癸(ミズノト)の順になる.
また,陰陽五行説では,歳月や時刻を表す「十二支(ジュウニシ)」という概念も織り込まれている.これは,易経で木星が12年かけて天体を太陽と逆方向に運行することから考えられたとされ,12の動物で表現される.この十二支にも陰陽が加味されている.すなわち,子(ネ:陽),丑(ウシ:陰),虎(トラ:陽),卯(ウ陰),辰(タツ:陽),巳(ミ:陰),午(ウマ:陽),未(ヒツジ:陰),申(サル:陽),酉(トリ:陰),戌(イヌ:陽),亥(イノシシ:陰)の順になる.
十干と十二支を全て組み合わせると120年となるが,それぞれの陰と陰,陽と陽の組み合わせを取って60回を一周期として人生の大きな区切りとして考えたものが,満60歳の「還暦(カンレキ)」という,「生まれた年が戻ってきた.」という祝いごとの意味になる[5].

参考文献・資料
[1] 石井和克, 改めて考えてみるオリンピックの意義,コラム KAZU'S VIEW 2022 年02月,  https://ishii-kazu.com/column.cgi?id=223 ,2022.12.28アクセス
[2] 笹川スポーツ財団,あなたが選ぶ!2022年 スポーツ重大ニュース&活躍したアスリート, https://www.ssf.or.jp/ssf_eyes/sport_topics/20221213.html ,2022.12.28アクセス
[3] 日刊スポーツ,プロ野球記録本塁打王,
https://www.nikkansports.com/baseball/professional/record/homerun/pf-home_run_cl.html , 2022.12.28アクセス
[4] RIZIN,Sporting News,ボクシング,
https://www.sportingnews.com/jp/boxing/newsl , 2022.12.28アクセス
[5] 出口治明,哲学と宗教全史,ダイヤモンド社(2019)
[6] フリー百科事典(ウィキペディア(Wikipedia)), 癸卯,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%B8%E5%8D%AF , 2022.12.28アクセス
[7] 石井和克,3度目のStuttgart訪問は忘れられない思い出,コラム KAZU'S VIEW 2011年08月,  https://ishii-kazu.com/column.cgi?id=96 ,2022.12.29アクセス
[8] 公益財団法人日本漢字能力検定協会,2022年「今年の漢字」,  https://www.kanken.or.jp/kotoshinokanji/ , 2022.12.29アクセス
[9] 新村 出編,広辞苑第五版,岩波書店(1999)
令和4年12月
以上

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