コラム KAZU'S VIEW

2023年07月

最近の天文学の発展と七夕まつりの距離感について思う

 
 金沢の今年の七夕は,天の川を見ることはできなかった.七夕伝説はご存じの通り,織女(ショクジョ)と牽牛(ケンギュウ)のデート伝説である.日本では,裁縫の上達を願う乞巧奠(キコウデン:注1)の行事が混合されたストーリーのようだ.織女と牽牛は夫婦だが,仕事をせずに遊んでばかりいたので,1年に1日のデート以外は仕事三昧の毎日を強制されるという思想的背景を強く感じるお話である[2].最近は,リモート・ワークなどの風潮が広まり,仕事観もだいぶイメージチェンジしてきた.戦後復興が叫ばれた時代に育った団塊の世代の仕事観とは,かなりの距離感を感じる.X世代,Y世代からZ世代(注2)へと,意味不明な世代呼称が飛び交うなかで,ライフスタイルや価値観の世代間格差も広がって来ている.一方,最近の天文学における発展は,我々人類にこれまで見たことのない宇宙の姿を見せてくれ,その知的好奇心を高めてくれている.夏の夜空を楽しむことは,古来,世代を問わず,夏のエンタテインメント(注3)の1つであった.宇宙への知識が深まる中で,人が天に憧れる心情について考えてみた.

牛飼いの彦星と機織(ハタオリ)姫は,天の川銀河のわし座のアルタイルと,こと座のベガである. 2人の仲睦まじさに嫉妬した天の神さまは,ふたりを天の川の両岸へ送り,はなればなれにした.しかし,織姫と彦星があまりにも悲しんだため,7月7日の夜だけ鵲(カササギ)がその羽を広げてつくる橋をわたって会うことをゆるしたというのが七夕話[2]になっている. 天の川銀河は,銀河群の中で,アンドロメダ銀河に次いで2番目に大きい銀河群で,105,700光年の幅を持つ.ちなみに,アンドロメダ銀河は220,000光年の幅とされる.この天の川銀河には2,000億から4,000億個の星があるとされている. 「天の川」という名前は,古代ギリシャ・ローマ文化由来では,星空の帯を牛乳の川(Milky Way)と見なしていた. 東アジアの人々は「天の銀色川(河)」,フィンランド人とエストニア人は,「鳥の小道」,南アフリカでは,「夜のバックボーン」と天の川を呼んでいるという[6].天の川銀河の中心には,ブラックホールがあり,最近この写真がイベント・ホライズン・テレスコープ(Event Horizon Telescope: EHT)によって捉えられ,公開された[7].この銀河の中心に対し,太陽系はアルタイル,ベガとデネブ(はくちょう座)からなる「夏の大三角」より外側に位置する.この位置関係が,夏の夜空で七夕まつりを楽しめる理由だという.最近の天文観測技術は飛躍的に進歩し,「宇宙の見える化」が天文学の発展に大いに寄与しているようだ.かつては,肉眼を補強するために光学望遠鏡がガリレオ・ガリレイ(Galileo Galilei)によって1609年に開発され,その後, アイザック・ニュートン(Isaac Newton)らによって倍率や解像度の改善がなされた[8].その後,電波望遠鏡(注4)や宇宙望遠鏡(注5)などが次々と表われた[9].目に見えない電波や地上では観測できない宇宙の姿を知りたいという知的好奇心の爆発が,観測技術の発展により加速され,拡大していることを肌で感じ取ることができる.

あるTV番組でジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(James Webb Space Telescope, JWST)というものの存在を知った. この望遠鏡は,アメリカ航空宇宙局(NASA)が中心となって開発を行っている赤外線観測用宇宙望遠鏡である.ハッブル宇宙望遠鏡の後継機とされる. JWSTは,宇宙誕生とされるビッグバンの約2億年後以降に輝き始めたとされるファーストスター(First stars)を観測することがそのミッションである[12].ビックバンは, 宇宙は非常に高温高密度の状態から始まり,それが大きく膨張することによって低温低密度になっていったとする膨張宇宙論(ビッグバン理論)[13]における宇宙開始時の爆発的膨張のことである.そして,その開始時刻は今から138億2000万年前と計算されている[14].つまり, JWSTは136億年前の宇宙を,「見える化」しようとする試みになる.この背景には,ビッグバンから今日に至る宇宙の歴史を,ビックバン(Big Bang)→暗黒時代(Dark ages)→ファーストスター形成(First stars appear)→初期銀河系形成(Early galaxies appear)→太陽系形成(Formation of the Solar system)という段階推移モデルとして捉える考え方がある[15] .この138億年の歴史モデルを,星を物証として観測するという研究アプローチになる.すなわち,タイムマシンとして遠方銀河の探索をしようとするのが最遠方銀河探[16]の狙いと考えられる. 遠くにある天体からの光は,地球の私たちの目に届くまでに長い年月を要す.従って,より遠い天体を観測すると,より昔の宇宙の姿を目にすることができる.そのため,人々はより遠い天体,より昔の天体を長年にわたって探し求めてきた.しかし,今はJWST等で得られる情報が,特定の天文学者だけでなく一般人にもインターネット等を通じて情報共有されるので,地球上の誰でも最遠方銀河探索競争に参加できる機会が与えられている. 銀河円盤に多く見られる若い星を種族I(Population I:Pop I:注6),球状星団の星などの古い星を種族II(Pop II), ファーストスターのような最も古い第一世代の星を種族III(Pop III)と呼ぶ[18]. この分類は,恒星の組成で金属が少ない順に帰侠靴畔類される.従って,ファーストスターは金属の最も少ない星で水素(H)やヘリウム(He)がその組成要素となる.ちなみに,太陽はPop気紡阿垢. NASAは,JWSTに続く新たな宇宙望遠鏡としてナンシー・グレイス・ローマン宇宙望遠鏡(Nancy Grace Roman Space Telescope)を2026年を打上げ目標に準備を進めている.この望遠鏡は,ハッブル宇宙望遠鏡と同等の測光精度,空間分解能を持ちながら,その200倍の視野を備えた観測装置を持っている.従って,JWSTとの組み合わせでより広く,より深く遠方銀河探索が可能となるため,ファーストスターの発見性が高まると期待されている[19],[20].

かつて人々は,天と地の2つの世界を区別し,天は天界として神の世界として憧れ、畏敬の念を抱いてきた.この世界観が人間界としての一体感を形成してきた.つまり,人間とは異なる未知な存在を天(宇宙)と認識し,その世界との距離感を狭め,親しみを持つために星座や七夕話などを創造してきた.この未知の世界を科学力によって知識化することが,ガリレオ達の手で進められ,その関心は宇宙の始まりへと向いて来ている.この宇宙の始まりの物証が,星の祖先とも言うべきファーストスターと呼ばれる星であり,その組成が水素やヘリウムと予想されている.この事実が知識化された時,水素やヘリウムの無機質な世界との距離感を縮めて親しみを持つために,我々は何を創造するのであろうか.今は, 最遠方銀河探索競争というゲームがエンタテインメントを創出しているが,この祭りの後の寂しさを思うことは取り越し苦労になるのか.夏の夕方に外に出て,夕涼みを楽しむ機会に夜空のエンタテインメントを感じる年代は,「異常気象」が定常化した現在において,ファーストスター的存在になるのか.その境遇に達するには,もう少し時間が必要だと思う.

(注1)キッコウデンともいい,七夕祭の原型とされる. 持統(ジトウ)天皇(在位686-697)の頃からの祭儀とされる. 技芸が巧みになるようにとの願いを梶(カジ)の葉に書きとどめたことなどが,短冊(タンザク/笹飾り)の原型とされる[1].
(注2)Z世代(Generation Z)は明確な定義がなされていないが,一般的には1990年代後半から2012年頃に生まれた世代を指す.物心ついた頃には,すでにデジタル技術などの先端技術に触れているため,インターネットなどのデジタルテクノロジーとの親和性が高い世代(デジタルネイティブ)である. 2022年時点で世界の人口の25%を占める[3],[4].
(注3)湯島[5]によると,「エンタテインメントとは,単なる娯楽以上のものとして,何らかの行事(イベント)を実施し,それに伴って行われる芸術的,芸能的,あるいはスポーツなどのパフォーマンスやプレゼンテーションにより,多くの人々の心に直接訴えかけて感動を与え,共感を呼び起こし,希望を与え,生きる喜びを,そして未来への夢と,生きていくための力をあたえること.祭りはその1つの形態である.」と規定している.
(注4)電波望遠鏡(radio telescope)は,可視光線を集光して天体を観測する光学式の天体望遠鏡に対して,電波を収束させて天体を観測する装置の総称で,これを専門に用いる天文学を電波天文学という.電波望遠鏡は,光学望遠鏡では観測できない波長の電磁波を広く観測することができ,可視光を放射しない星間ガス等を観測するのに有力とされる. 電波を受信する大型の回転放物面のアンテナ(パラボラアンテナ),電波を増幅・検出する受信機,データを解析・記録するコンピュータなどが主な構成要素である[9],[10].
(注5)宇宙望遠鏡とは.地球の衛星軌道上などの宇宙空間に打ち上げられた天体望遠鏡のこと.地球の大気による電磁波の吸収がない宇宙空間で観測することで,地上からの観測が困難なものが観測できたり,大気の流動による像の揺らぎがないために空間分解能が向上したり, 大きな口径の観測装置を運用できる点などの利点がある一方で, 地上に設置される望遠鏡より多額の費用がかかり,打ち上げを要する困難さがある[11].
(注6)星の種族(stellar population)とは,星の分類の一種で, 恒星の化学組成や金属量によって行われる. 金属量が非常に低い宇宙で,最初の恒星は種族III,金属量が低い年老いた恒星は種族II,そして金属量が多い最近の恒星は種族Iとされる.1944年にドイツの天文学者が提唱した[17],[18].

参考文献・資料
[1] コトバンク, 乞巧奠, https://kotobank.jp/word/%E4%B9%9E%E5%B7%A7%E5%A5%A0-473237 ,2023.7.25アクセス
[2] 講談社の動く図鑑move, 七夕伝説で有名な織姫星と彦星! 夏の星空で見られる「天の川」の正体とは?七夕とはどんな日? 天の川のヒミツとは? どんな願いごとが良いの? https://cocreco.kodansha.co.jp/move/news/column/LKiDl ,2023.7.25アクセス
[3] 識学総研,Z世代とは? https://souken.shikigaku.jp/15750/ ,2023.7.25アクセス
[4] フリー百科事典(ウィキペディア(Wikipedia)),Z世代,
https://ja.wikipedia.org/wiki/Z%E4%B8%96%E4%BB%A3 ,2023.7.25アクセス
[5] 湯山徳重編著,エンタテイメントビジネスマンジメント講義録(京都大学経営管理大学院),朝日出版社(2015)
[6] Star Walk 2スマホの中の星空ガイド,天の川銀河(銀河系)についてわかりやすい,
https://starwalk.space/ja/news/milky-way-galaxy-all-you-need-to-know ,2023.7.25ア
クセス 
[7] 大学共同利用機関法人自然科学研究機構国立天文台,天の川銀河中心のブラックホールの撮影に初めて成功, https://www.nao.ac.jp/news/science/2022/20220512-eht.html , 2023.7.25アクセス
[8] 家 正則,宇宙観測技術の歴史と展望-総論:ミニ特集宇宙を見る-,計測と制御,第37巻,第
12号,pp.815-821(1998),
https://www.jstage.jst.go.jp/article/sicejl1962/37/12/37_12_815/_pdf ,2023.7.25アクセ

[9] 村田泰宏, 電波望遠鏡と宇宙望遠鏡,ISASニュース2003.2 No.263,  
https://www.isas.jaxa.jp/ISASnews/No.263/ken-kyu.html , 2023.7.25アクセス
[10] フリー百科事典(ウィキペディア(Wikipedia)),電波望遠鏡, https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%BB%E6%B3%A2%E6%9C%9B%E9%81%A0%E9%8F%A1 , 2023.7.26アクセス
[11] フリー百科事典(ウィキペディア(Wikipedia)),宇宙望遠鏡, https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%87%E5%AE%99%E6%9C%9B%E9%81%A0%E9%8F%A1 ,2023.7.26アクセス
[12] フリー百科事典(ウィキペディア(Wikipedia)),ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡,  https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%83%A0%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%83%E3%83%96%E5%AE%87%E5%AE%99%E6%9C%9B%E9%81%A0%E9%8F%A1 ,2023.7.26アクセス
[13] 松原隆彦著「第1章宇宙論」,谷口義明編,新天文学事典(初版第1刷),講談社(2013)
[14] Mark Peplow, Planck telescope peers into primordial Universe Analysis of cosmic microwave background backs sudden ‘inflation’ after Big Bang, NATURE NEWS, 21 March 2013,P2, https://www.nature.com/articles/nature.2013.12658 ,2023.7.26アクセス
[15] 松岡由希子,ついに宇宙の最初期の星「初代星(ファーストスター)」が残した痕跡が発見された, Newsweek 2022年10月12日, https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2022/10/post-99835.php , 2023.6.27アクセス
[16] 彩恵りり,観測史上最も遠い天体「CEERS 93316」をジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が観測!sorae, https://sorae.info/astronomy/20220818-ceers-93316.html#: ,2023.7.28アクセス
[17] (公社)日本天文学会,初代星,天文学辞典, https://astro-dic.jp/first-star/ ,2023.7.28アクセス
[18] フリー百科事典(ウィキペディア(Wikipedia)), 星の種族,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%9F%E3%81%AE%E7%A8%AE%E6%97%8F  ,2023.7.28アクセス
[19] 宇宙科学研究所,開発中 ナンシー・グレイス・ローマン宇宙望遠鏡, https://www.isas.jaxa.jp/missions/spacecraft/developing/roman.html ,2023.7.28アクセス
[20] 宮翔太,宇宙科学最前線Roman宇宙望遠鏡が切り拓く新時代, https://www.isas.jaxa.jp/feature/forefront/230728.html , 2023.7.28アクセス
 令和5年7月
以上

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