コラム KAZU'S VIEW

2023年10月

奥能登国際芸術祭2023を訪ねて文化と風土について考えたこと


いしかわ百万石文化祭2023-第38回国民文化祭/第23回全国障害者芸術・文化祭[1]-というイベントが10月14日(土)から11月26日(日)までの44日間,石川県で開催されている. 石川県での国民文化祭(注1)の開催は,平成4年以来2回目となり,全国障害者芸術・文化祭は初開催だという.この期間に,以前に出かけたことのある奥能登国際芸術祭2023(注2)をおとずれてみて改めて,文化とは何かについ考えてみた.

いしかわ百万石文化祭2023のキャッチフレーズは「文化絢爛(ブンカケンラン)」で,その思いは,「加賀百万石が育んだ能楽や邦楽,伝統工芸,茶道といった伝統文化,祭りや食などの地域固有の文化,さらに,クラシック音楽や現代アートなどの新たな文化が加わって,多様で多彩な文化が盛んな地である石川県を,大会を機にそれぞれの文化がより磨かれ,未来に輝かせたい」ことだという.そして,その取り組みの基本方針としては,以下の6つを掲げている. 県民総参加の文化の祭典, 次世代への継承・発展, 石川ならではの文化資源の活用, 文化の力による観光の推進, 文化と地場産業の連携, 文化を通じた国際交流の推進,となっている[1].しかし,各方針の具体的な内容を見ても「文化」とは何かの統一的答えとなるものが見当たらない.文化庁によれば,「文化は,最も広くとらえると,人間が自然とのかかわりや風土の中で生まれ育ち,身に付けていく立ち居振る舞いや,衣食住をはじめとした暮らし,生活様式,価値観など,人間と人間の生活にかかわることの総体」を意味するとしている[6](注2).この文章から気になるキーワードを抽出すると,「自然」,「風土」,「立ち振る舞い」そして「価値観」が上がる.この中で,立ち振る舞い(行動様式)と価値観(何を大切と考えるか)は,広く文化の定義で出てくる.そこで,「自然」と「風土」について,文化との関わりを考えて見る.特に,自然と風土との違いとその関係に焦点を当てて思考する.

実用日本語表現辞典によれば,英語の culture の語源であるラテン語の coloreには「耕す」,「住む」,「崇拝する」等の意味がある.「耕す」とは,植物の自然な生育環境を改変し,人間の生活に役立つようにすることであると言える.つまり,culture とは,自然な状態にあるものを人間の思考や生活に従わせることである.このことから,culture の対立概念として,「自然」という言葉を想定することができる[9].しかし,日本人の多くは,人間と自然が「対立」という関係性にあるとは認識していないし,この考え方に共感も得難いのではないか[7].人は自然の1部であり,生かされているという認識が多い.「八百万の神」とは自然そのものを意味している(注4).我々にとっては,自然を対立視するのではなく,一体感を持って自然を受け入れることから,風や土のような物質的意味での「自然」というより,風や土を心を介してどのように感じ,生活に結び付けて価値化するかと言う意味で「風土」という言葉の方がしっくりするような気がする.風土をこのように認識すると, 「風の人,土の人」という言葉が思い浮かぶ.この連想は, 元信州大学名誉教授で, 農学者の玉井袈裟男(タマイ ケサオ:注5)の風土舎の設立宣言の中の以下の一節に強い共感を覚えた記憶に由来する.「風土という言葉があります. 動くものと動かないもの.風と土.人にも風の性と土の性がある.風は遠くから理想を含んでやってくるもの.土はそこにあって生命を生み出し育むもの.君,風性の人ならば,土を求めて吹く風になれ.君,土性の人ならば風を呼びこむ土になれ.土は風の軽さを嗤(ワラ)い,風は土の重さを蔑(サゲス)む.愚かなことだ.愛し合う男と女のように,風は軽く涼やかに.土は重く暖かく.和して文化を生むものを.魂を耕せばカルチャー,土を耕せばアグリカルチャー.理想を求める風性の人,現実に根をはる土性の人,集まって文化を生もうとする」[14].言い換えれば, 風の人は,「よそもの」,土の人は,「地元の人」となる[14].この2つの人が文化創造をなす.

文化を風土との関係から考えてみた.人が風土の中で作り出す物が,文化だとすると,その風土と人の関係で人の立ち位置を見ると, 風の人と土の人という2種類の人,すなわち「社会(人の集団)」が形成される.この2種類の人(個人としての人間の存在)は,よそ者と土着の人,理想を求める人と現実を求める人という対比関係となる.その対比関係を結び付けるのは, 魂(心)を耕せばカルチャー,土(物)を耕せばアグリカルチャーという心的価値と物的価値の融合が文化創造という解釈も成り立つ.耕すとは,土に新鮮な空気(風)を取り込むことと考えられる.海の水も空気(風)を巻き込んで,波となり,青と白の絵画的海を描き出す. 奥能登国際芸術祭2023を訪ねて印象に残ったのは,「風と波」という石の作品と「時を運ぶ船(この作品は2017年の第1回から出品されている)」であった.作者は,前者が奥村浩之(オクムラ ヒデユキ)[15],後者が塩田千春(シオタ チハル)[16]である.両作者は,いずれも現在,海外を拠点として活動している.この2つの作品の印象は,日本海をバックとした白(素材が白色の石)と塩の白さのイメージに帯する赤(塩田用の砂取舟を朱色の糸が覆う様)のコントラストであった.「風土とは地理的,歴史的に定義された,文化=自然の複合体のこと」とオギュスタン・ベルク[7]は指摘しているが,「風と波」は石の歴史(記憶と時間),「時を運ぶ船」は製塩技術(揚浜式製塩)の伝承をモチーフにしている点で, 能登の風土が,「風の人」を通じて創り出した作品になっている.しかし,この2つの作品の印象を,これから「土の人」として自らの文化を育むという文化創造にどのように繋げるのかが,課題として残る.日本海の波音が,改めて背中を押してくれるにように聞こえて来た.しかし,残念ながら,日本海の夕日を背景としての多くの芸術作品を見る機会を逸した事が,心のこりであった.

(注1)国民文化祭とは全国から集結し,演劇,吹奏楽,美術作品などを発表する文化の祭典である.国文祭と略され,「文化の国体」といわれている.1977年から始まった全国高等学校総合文化祭に対抗し,一般の団体でも全国規模で参加する文化祭をしようと当時の文化庁長官で,作家の三浦朱門が提唱し,文化庁と東京都の共催で1986年にNHKホールで第1回大会が行われた.以降,毎年各県持ち回りで開催されている.しかし,近年は開催地選定が難航しているという[2].
(注2)奥能登国際芸術祭は,国内外のアーティストが珠洲(石川県珠洲市)という場所に向き合い,土地に根差した作品表現をすることで支持を集めてきた.2017年,2021年(2020年の予定がコロナ禍のため順延)そして3回目となる奥能登国際芸術祭2023が,9月23日から11月12日まで開催されている.珠洲市は能登半島の先端に位置し,三方を海に囲まれ,北からの寒流(リマン海流)と南からの暖流(対馬海流)が交わる場所.荒々しい岩礁海岸の外海と波穏やかな砂浜の内海という2つの海をもつ,美しい自然景観が自慢のまち.日本の原風景を感じさせる町並みが今も残り,豊かな里山里海の中で育まれた固有の文化も多い.また,揚げ浜式製塩や炭焼き,珠洲焼,珪藻土などを使った七輪などの伝統的な生業も大切に受け継がれており, 「能登の里山里海」として平成23年に世界農業遺産に認定されている.この風土の下に,アーティスト,市民,サポーターが協働してつくられる現代アートと奥能登の風土が響きあい,五感を揺さぶる時間と空間の体験が生まれる場と機会となっている[3〜5].
(注3)文化についてオギュスタン・ベルクは「人間によって,人間のために世界に意味を与えるもの.」[7]と定義しているが,これは余りに抽象的すぎて,私には理解が困難である.彼は15年間の日本滞在中に高田馬場付近に居住した経験を基に,自然と人間の関係について,人間を個人と社会に明確に分けた上で,風土について自然と人間との関わりの視点で論じている.その中で,日本文化の特徴を日本語に見出し,「主語がはっきりしていない,あるいは必要で無いこと」を指摘している.その背景として,理性の働きよりも感受性を高く位置づけ,自然や自然的なものや気分や雰囲気,風土を賛美する傾向,すなわち,人格の個別化を排斥し,共同的な一体性を称揚する傾向としている[7].
   和辻哲郎は,「風土の現象は人間が己を見いだす仕方」と規定している.すなわち,風土を人間存在の1つの規定として位置づけて「風土の自己発見性」と呼んでいる[8].そして自己発見性を風土的特性と歴史的特性の2面性で認識しようとしている.これは,空間と時間という4次元空間での「人間存在認識」を意味していると考えられる. オギュスタン・ベルクは,和辻の風土論[8]に対し,人間存在の視点で「ハイデッカー(注3)の『現存在』は,個人に限定されたものに留まり,社会・歴史的次元から抽象されたままであった.風土を自然条件のみに還元して歴史から切り離す事はできない.歴史と風土は,その結合を通じて社会的存在を構造化するし,そこから人間存在だけを抽出することはできない.自我は,人と人との関係としてしか,自身を意識することはできない.」[7]という評価を行っている.
(注3)マルティン・ハイデッガー(Martin Heidegger;1889-1976年)は,ドイツの哲学者で, フランツ・ブレンターノや現象学のフッサール,ライプニッツ,カント,そしてヘーゲルなどのドイツ観念論やキェルケゴールやニーチェらの実存主義に強い影響を受け,アリストテレスやヘラクレイトスなどの古代ギリシア哲学の解釈などを通じて独自の存在論哲学を展開した.1927年の主著「存在と時間」で存在論的解釈学により伝統的な形而上学の解体を試みた[10]. ハイデガーは「現存在」という概念を軸として,人間がどのように存在しているのか考えることを通して,存在についての探究を進めている[11].
(注4)多神教の文化はヨーロッパでは,ケルト人[12]の文化,インドのバラモン教[8]にも見出せる.
(注5)玉井袈裟男は,日本の農学者,社会教育指導者,信州大学名誉教授.農村における実践経験に裏付けられた独自の実践的風土論を軸として,長野県を中心に,各地の農村における地域おこし,社会教育にたずさわり,農産物等,様々な特産品の開発にも関わった.教員としては,信州大学教養部にあって「農学」を長く担当し,定年退職後は松商学園短期大学教授となり,自らが主宰する風土舎を立ち上げ,地域づくり活動の拠点とした[13].

参考文献・資料
[1] いしかわ百万石文化祭2023実行委員会事務局, いしかわ百万石文化祭2023-第38回国民文化祭/第23回全国障害者芸術・文化祭, https://ishikawa-bunkasai2023.jp/ , 2023.10.23アクセス
[2] フリー百科事典(ウィキペディア(Wikipedia)), 国民文化祭,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E6%B0%91%E6%96%87%E5%8C%96%E7%A5%AD , 2023.10.23アクセス
[3] 文化庁,奥能登国際芸術祭2023, https://www.oku-noto.jp/ja/index.html , 2023.10.23アクセス
[4] The Chain Museum,奥能登国際芸術祭2023, https://artsticker.app/events/6603 , 2023.10.23アクセス
[5] 三澤 麦, 強風や荒波を超えて〜珠洲市を舞台とした「奥能登国際芸術祭2023」が目指す新たなつながりのかたち〜,美術手帖NEWS / REPORT 2023.9.25,
https://bijutsutecho.com/magazine/news/report/27839 , 2023.10.23アクセス
[6] 文化庁, 文化を大切にする社会の構築について〜一人一人が心豊かに生きる社会を目指して〜,
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/sokai/sokai_2/shakaikochiku_toshin/ , 2023.10.23アクセス
[7] オギュスタン・ベルク著,篠田勝英訳,風土の日本-自然と文化の通態-,筑摩書房(1988)
[8] 和辻哲郎,風土-人間学的考察-,岩波書店(1979)
[9] GRAS Group,文化,-実用日本語表現辞典-,
https://www.weblio.jp/content/%E6%96%87%E5%8C%96 , 2023.10.23アクセス
[10] フリー百科事典(ウィキペディア(Wikipedia)), マルティン・ハイデッガー, https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%87%E3%83%83%E3%82%AC%E3%83%BC , 2023.10.23アクセス
[11] 東京大学, 20世紀最大の哲学者,ハイデガーについて知りたい方へ【「存在」とは何か】,UTokyo OCW, https://ocw.u-tokyo.ac.jp/daifuku_2009s_gfk_09kumano/ , 2023.10.23アクセス
[12] 朝日新聞社, じんぶん堂,ケルト文化の魅力 ―「自然の生命」を敬う心と知恵の泉―, https://book.asahi.com/jinbun/article/13871753 , 2023.10.23アクセス
[13] フリー百科事典(ウィキペディア(Wikipedia)),玉井袈裟男,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8E%89%E4%BA%95%E8%A2%88%E8%A3%9F%E7%94%B7 , 2023.10.23アクセス
[14] 鈴木賀子,70 seeds,地方創生「風の人・土の人」福井XSCHOOL,
https://www.70seeds.jp/xschoolafter-240/ , 2023.10.23アクセス
[15] 文化庁,風と波,奥村浩之〈日本/メキシコ〉,
https://www.oku-noto.jp/ja/artist_okumura.html , 2023.10.30アクセス
[16] 文化庁,時を運ぶ船,塩田千春〈日本/ドイツ〉,
https://www.oku-noto.jp/ja/artist_shiota.html , 2023.10.30アクセス
令和5年10月
以上

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