コラム KAZU'S VIEW

2024年02月

喜怒哀楽を通じた自己変革の確認法-構成主義的情動理論の適用の試み-


  悪夢のような甲辰(キノエ タツ)年の睦月(ムツキ)が過ぎ去り,如月(キサラギ)も終わろうとしている(注1).しかし,今月は心を重くする出来事ばかりであった.令和6年能登半島地震に伴う被災に続き,身近な仏事が続いた.その仏事の中でも,特に大学時代の先輩で,現在の自分に大きな影響を与えてくれた2人の方が,同じ病気が原因で逝去された.そのお一人の方には半年前に,学生時代に立ち返り,飲み,食い,歌い青春を謳歌した同じ時間,同じ空間を懐かしく分かち合ったばかりだったので,その事実を受け止めるのに時間がかかっていた.その最中にもう一人の先輩の訃報に直面した.青春という永久の命を夢みる思い出に対する儚い現実を突きつけられて,今の自分を改めて認識させられた.これまでにも親兄弟やご指導いただいた方々の死に直面してきた経験はあったが,今回の先輩方の死は今までと異なった死の認識を持っている.この死の認識の違いは何処から来るのを情動という視点で考えてみた.

10代後半から20代前半の学生時代は,多感で自らの限界への挑戦の日々だったような気がする.大学に入ったばかりの学部1年次は,学園紛争(注2)のまっただ中で,キャンパス閉鎖やキャンパスへの機動隊導入,団交(注3)などがキャンパスライフであった.クラスメイトには学生運動の活動家もいた.大学自治や学ぶことの社会的意義について考え,議論する機会であったような気がするが,学生運動そのものがセクト化し,セクト間抗争が活動の主体へと変化していく中で,関心が薄れて行った.キャンパス内が平穏を取り戻し,学習主体の時間と空間の中で次第にサークル活動の機会を増やして行き,人間関係も拡大して行った.特に,専門分野として理工系の経営・管理に特化したサークルに所属した事で学部時代の最初から研究室に出入りでき,大学院生や教員との人間関係を持てたことがその後の大学教員への人生に大きな影響を及ぼした.当時,専門分野の学会は戦後に設立されたもので,歴史が浅かったため,まだ,学部学生は学会員の対象ではなく,博士後期課程(ドクターコース)以上が会員であった.そこで,サークル活動を大学間ネットワークに拡大した上で,当時,学会理事をしていたサークル顧問の先生を通じて学会内に「学生会員」制度を創設していただき,学部学生でも学会活動に参加できる環境を作る事ができた.このことを通じ,大学や文理の枠を超えて経営・管理の理論や技法の開発・実践という同じ目標を持つ,多様な人々に出会い,貴重な経験を得ることができた.この機会を共有できたのが,上記の2人の先輩であった.その後,大学院に進学した私は,正会員として学会活動を続け,そのまま大学教員として30年以上過ごすこととなった.この間,当該学会の会長や関連国際学会の会長を務めさせていただき,国内外の多くの知己と貴重な経験を得ることができた.大学を退職して2年を経過するが,50年前に自分に起きた事柄をお会いするたびにリアルに思い出させてくれるお二人であった.

お二人の死に接した時の感情を言葉にしようとすると[5],「悲しい」,「寂しい」,「がっかりする」などが出てくる.しかし,どれも似たようでもあるし,違うような気もする.国語辞典でその意味を調べてみると,以下のようになっている.「悲しい」は,/瓦ひどく痛んで,泣きたくなうような気がする,また,そのように思わせるさま.⊂陲韻覆て残念な思いだ,また,そう思わせるさま[6].「寂しい」は, ー分と心の通い合うものがなく満足できない(心細さを感じる)状態だ,⊃閥瓩某佑魎兇犬気擦覽で曚なく,社会(の煩わしさ)から隔絶された状態のようだ,あれば良いと思うものがなくて,満ち足りない状態だ[7](注4).「がっかりする」は,失望,落胆し,元気をなくすさま[6].これらの感情表現に用いられる言葉から連想されるイメージは,その記憶と言葉の背景にある概念とのマッピングの一致性によって言葉の正確性が評価されると思う.喜怒哀楽は,人の心の動き,状態を表し,これが表情や言動,行動と言った見える形として表示される.逆に,表情や行動からその人の心を推測(読み取る)することも可能であると考えられて来ている.しかし,最近,心理学の分野でこの情動について, リサ・フェルドマン・バレット(Lisa Feldman Barret:注5)が提唱する「構成主義的情動理論(theory of constructed emotion)」と呼ばれる考え方[8]が議論されていることを知る機会を得た.これは,「情動は,生まれつき組み込まれている,身体の内部で起こる明確に識別可能な現象とされてきた.これは,情動は,生き残るに当たって優位性を与えてくれる進化の産物であり,生物学的な一構成要素として備わっている.」とされて来た人類が2000年以上に渡って認識してきた事は誤りであるという主張であり,このような情動の認識法を古典的情動理論(classical view of emotion)と呼んでいる(注6).これに対し,構成主義的情動理論では,「血圧の変化や顔面筋の動き,脳内の関係領域の働きが生じなくても情動は感じられる,とうい事実の報告がこれまでにも多数検証・報告されており,情動は組み込まれたものではなく,基本的なパーツ(五感情報,経験や予測)から構成されるものである.また,情動は引き起こされるものではなく,本人が学習や経験により構築するものである.」という情動に対する認識方法である.この認識に基づき, 「今日の経験を変えれば,明日の自分を変えられる.」と主張するのである.

先の先輩の死を含め,これまでの人生で様々な死に直面し,その機会を通じた心の動きから自らの人生を振返ってみた.喜怒哀楽の中に自分を見出し,その変化を認識する.特に「哀」の部分をより細分化し,その細分化の差異が明確になることが,バレットの指摘する「今日の経験を変えれば,明日の自分を変えられる.」の意味のような気がする.多感な時期に出会い,同じ時間と空間を共有し,その後の人生に影響を受けた方の死の認識は,「自分と心の通い合うものがなく満足できない(心細さを感じる)状態」の「寂しさ」という感情を表す言葉が,現状では最も正確なイメージに思われる.「生は,死への始め.」であり,生きとし生けるものの必然である.いずれこの死に直面する時間と機会が,自分に訪れるであろう.多感な年齢から半世紀という時間と社会的環境の変化を経た人生の段階で,改めて死の認識に直面した機会ということであろう.自分のその時までに,「寂しさ」の意味合いをどれだけ詳細に分類し,明確に識別できる存在になり得るかを目標に,自分を変える行動を重ねて行きたい[12].お二人のご冥福を心からお祈りする.合掌.

(注1)旧暦では,和風月名(ワフウゲツメイ)と呼ばれる月の和風の呼び名を使用していた.和風月名は旧暦の季節や行事に合わせたもので,現在の暦でも使用されることがあるが,現在の季節感とは1〜2ヶ月ほどのずれがある.旧暦の1月は, 和風月名では睦月で,その由来は, 正月に親類一同が集まる,睦び(親しくする)の月とされる.同様に2月は如月で, 衣更着(キサラギ)とも言う.まだ寒さが残っていて,衣を重ね着する(更に着る)月とされる[1].
(注2)学生運動は,昭和30年代(大学進学率10%[4])においては,日米安保条約反対闘争などをめぐって運動が過激化した.40年代(大学進学率15%)になると,政治闘争に加えて大学の管理運営や学費値上げなど学園問題を取り上げ,一般学生を巻き込む形で大学内における紛争が頻発するようになり,1969(昭和44)年1月の東京大学安田講堂事件の前後から,大学紛争は全国に拡大し,過激化,長期化した. 1970年頃までは,学生運動に共感を持つ人々が多く存在していたが, 1970年(大学進学率20%)以降はセクト間の本格的党派闘争が発生し, 1972年には連合赤軍によるリンチ殺人事件が発生し, 学生運動は急速にその社会的支持を失っていった[2],[3].
(注3)1960年代から70年代はじめの学生運動がたけなわだった時代,学生側が大学側と学内問題から社会問題に至るさまざまな問題について交渉した「大衆団交」の略語として使用される.
(注4)「寂しさ」には,/佑篳が少なく,賑わいを感じさせないさま,寄り添うものがあって欲しいのに,それがなく孤独な気持ちである,あるべきものがなく,もの足りない気持ちである,などの意味もある[5],[6].
(注5)Ph.D.,米・ノースイースタン大学心理学部特別教授,ハーバード大学医学部マサチューセッツ総合病院研究員.ハーバード大学の法・脳・行動研究センターでCSO(最高科学責任者)を務める.心理学と神経科学の両面から情動を研究し,その革新的な成果は,米国議会やFBI,米国立がん研究所などでも活用されている.世界で最も引用された科学者の上位1パーセントに入る研究者.2007年に米国立衛生研究所の所長パイオニア・アワード,2018年に米国芸術科学アカデミー選出,2019年に神経科学部門のグッゲンハイム・フェロー,2021年には米国心理学会から顕著な科学的貢献に対する賞を与えられる等受賞歴は多数である [9].著書には, Seven and a Half Lessons About the Brain. Houghton Mifflin Harcourt( 2020),How Emotions are Made: The Secret Life of the Brain. Houghton Mifflin Harcourt( 2017)[8]などがある[10].
(注6)L.F. Barret は, 古典的情動理論は,「情動は動物の本性の一部であり,理性によって抑制されなければ,愚行や暴力を生む.」という認識から社会的制度である法制度に組み込まれていることなどから,情動に対する認識を社会が広く改めることを困難にしているという指摘も行っている.
   著者も古典的情動理論に基づき,これまでに情動に関する認識として, 以下のような認識をしてきた.
情動は,同じ心理的特性であるMood,「気分」という用語と対比される.また,情動と気分の違いは,情動が以下の3つの特徴を持っている点である.
(1)原因がはっきりしている.
(2)急激に生起し,短時間で消失する.
(3)発汗や心拍数の増加なとの生理的反応を伴う.
これに対し,気分は穏やかな感情で,長続きする特性がある.
そこで,人の心の動きと行動の関係を「感動」と「行動」という動的関係として認識する「振り子モデル」を提唱し,感動についてはエネルギーレベルの高い「情動」を取り上げ,行動変容の手がかりとした.更に,その感動の発信源を,旧脳(大脳辺縁系)と新脳(大脳皮質)の「振り子モデル」を想定し,情動を処理する処理速度の速い旧脳としていた.これに対し,理性や知性を対象に処理速度の遅い新脳は,旧脳との機能分担をしているとしてきた[11].しかし,この仮説モデルは,彼女の指摘である「情動は(旧脳と新脳に処理分担が予め決められて)組み込まれたものではなく,基本的なパーツとしての五感情報,経験や予測)から構成されるものである.」に対する見直しが必要となる.すなわち,彼女の指摘は,情動が意識のもとに生ずる,理性や知性のフィルーターがかかったものであるという意味になろう.

参考文献・資料
[1] 国立国会図書館,和風月名(わふうげつめい),日本の暦第3章暦の中の言葉, https://www.ndl.go.jp/koyomi/chapter3/s8.html , 2024.2.28アクセス
[2] 文部科学省,学生運動,
https://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/others/detail/1318395.htm ,2024.2.28アクセス
[3] フリー百科事典(ウィキペディア(Wikipedia)), 日本の学生運動,  https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E5%AD%A6%E7%94%9F%E9%81%8B%E5%8B%95 , 2024.2.28アクセス
[4] 文部科学省, 18歳人口と高等教育機関への進学率等の推移,文部科学統計要覧, https://www.mext.go.jp/content/20201126-mxt_daigakuc02-000011142_9.pdf , 2024.2.28アクセス 
[5] 蔡 嘉紘,感情の表現形式による分類-直接的表現から客観的表現まで-,拓殖大学大学院言語教育学研究科言語学教育研究博士論文(2018)
[6] 北原保雄,明鏡国語辞典第二版,大修館書店(2011)
[7] 山田忠雄他,新明解国語辞典第七版,三省堂(2011)
[8] リサ・フェルドマン・バレット(Lisa Feldman Barret)著,高橋洋訳,情動はこうして作られる:脳の隠れた働きと構成主義的情動理論,紀伊國屋書店(2019)
[9] HMV&BOOKS online, リサ・フェルドマン・バレット プロフィール,
https://www.hmv.co.jp/artist_%E3%83%AA%E3%82%B5%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%88_000000000815239/biography/ , 2024.2.28アクセス
[10] フリー百科事典(ウィキペディア(Wikipedia)),Lisa Feldman Barrett, https://en.wikipedia.org/wiki/Lisa_Feldman_Barrett , 2024.2.28アクセス
[11] 石井和克, Tokyo2020オリンピックを終えて-United by emotionが残したモノ-,コラム KAZU'S VIEW 2021年08月, https://ishii-kazu.com/column.cgi?id=217 , 2024.2.28アクセス
[12] 石井和克,自分を変えて環境を変えられるか−ポモドーロ・テクニックの実践と経過−,コラム KAZU'S VIEW 2023年02月, https://ishii-kazu.com/column.cgi?id=235 , 2024.2.28アクセス

令和6年2月
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