コラム KAZU'S VIEW

2024年05月

国家とは何か―改めて考えてみる自分にとっての国の価値―

BS放送の「報道1930」という番組で石橋茂（イシバシ　シゲル）衆議院議員（注1）と小泉　悠（コイズミ　ユウ）（注2）の「日本の安保の重点課題」というタイトルに関心を持って番組を見てみた.その中で,どんな国を目指すのか,に対し,「独立した国家,自分の国は自分で守れる国作りを目指す」という石橋の言葉に,自分の国を自分で守るとは具体的にどのような事か？それば,他国を凌駕する軍事力を持つことか？という問いが交わされていた.力（武力）による統制か,和を持っての調和か,の議論[3]の意味に捉えた.改めて国とは何かを,「日本は民主主義国家なのか」,「日本人の民主主義とは」,そして「日本人としてありたい国家の姿とは」の3つの視点で考えてみた.

日本は民主主義国家なのか
民主主義（注3）とは,選挙で所得や地位などに関係なく,1人1票だけ投票でききる体制を言うのであろうか.そのような制度は今の日本にはあるので,「日本は民主主義国家である.」といえるであろう.この結論を素直に受け入れることは,現在の日本の政治状況を見る限り難しい.現在の日本は間接民主制を導入している.この間接民主主義が抱える問題点として, 吉田暢希[5]は,次の5つを挙げている.すなわち,「議会」と「政党」（注4）, 「世論」と「政治」, 「シルバー民主主義」と「若い世代との関係性」,「選挙」（注5）そして「女性議員」（注6）である. 「世論」と「政治」については,「国政に民意は反映されているか」という調査で,1987年の結果では,「あまり反映されていない」と「ほとんど反映されていない」の合計が52.8%だったものが, 2017年には,同じ回答選択肢の割合が,62.2％となっていることを踏まえた上で,政治家,国民そしてマスメデイアのそれぞれの課題を提言している. また,「シルバー民主主義」と「若い世代との関係性」では,2021年の衆議院議員総選挙の投票率55.9％（戦後3番目の低さ）において,20歳代の投票率37％の低さを指摘して,若年層の投票率の低さは議員の高齢化を引き起こし,若者の意見の政策反映が行いにくい状況（シルバー民主主義）を呈していることが,現在の若者の「政治離れ」の要因であるとしている,さらに,「1票の格差問題」[6]は,違憲問題としても度々取り上げられている.以上の議論を踏まえると,現状の日本は民主主義国家のレベルにおいては必ずしも国際的に高い国家とは言えない,未成熟な状況と言うことになろう.

日本人の民主主義とは
日本人の今日的民主主義に対する認識がはじまったのは,明治時代における文明開化により, ヨーロッパの諸制度が移植された近代日本であってのではないか.これは,大日本帝国憲法（1889（明治22）年発布,1890年施行）により, 「国家の統治権は天皇が総攬（ソウラン）する」を前提に,臣民(注7)の自由,平等の権利の保障を前提とするものであった.しかし, それらの機能の仕方,内実は合理主義,民主主義というにはほど遠いものがあったという指摘がある[8].一方,明治以降の日本の民主主義の動向を概観してみると,1918（大正7）年の政党内閣（原敬立憲政友会内閣）の成立は,帝国憲法の運用で実現した民主政治であったが, 枢密院や軍の統帥権独立など政党による国政統合を阻害する諸制度が残ったままであったため, 政党政治が立憲政治の中に成長したことは,帝国の問題と衝突する.すなわち,日本は帝国憲法施行後に台湾,関東州,朝鮮,南洋群島といった海外植民地を獲得していったが,このことは国内統治と帝国統治との間に溝を産み,特に安全保障問題で軍が発言拠点を維持することになり,1932（昭和7）年の政党内閣終焉への道のりを辿る事になる.しかし,この間,初の男子普通選挙執行が1928（昭和3）年に行われているし, 1931（昭和6）年には貴族院の反対で実現しなかったものの,女性の地方参政権の実現に対する立法の試みもなされている.その後, 五・一五事件（1931年）, 二・二六事件（1936年）そしてアジア・太平洋戦争（1941-45年）を経て, ポツダム宣言受諾により日本の民主主義復活強化が, 「法の下の平等（第14条）」で女性参政権が明確に保障された日本国憲法施行（1947年5月3日）の歩みの中で実現したとする.これを称して,「民主主義は今では和魂洋才の道具立てに止まらず,日本文化の一つとみるべきである」との村井[9]の主張がある.この主張と前述の「日本の民主主義の未熟さ」とのギャップは,日本国憲法施行からの70年以上の時代格差と考えるべきなのか.

日本人としてありたい国家の姿とは,
「国家（state）」とは,ある特定の領土を統治する権力機構のことを意味し,文化や歴史的記憶を共有する人々が構成する共同体であるネーション（nation）とは区別される[10]. 国家の必要性をバールーフ・デ・スピノザ(Baruch De Spinoza;1632-77年)[11]は,「人間には元々ありとあらゆることをする権利（＝自然権）があり,この権利を守るために国家が必要である.」としている.国家と国民の関係性を考える際に統治者（国＝政府）と被統治者（国民）の関係で捉える「社会契約論」（注8）を前提としてみる.ここでの社会契約論とは,今日の民主主義の原点となったアメリカ独立戦争(1775-83年)やフランス革命（1789-95年）の思想的基盤をなしたとされている, 「政府が存在する以前の世の中の状況（自然状態,自然権）を予想し,どのように政府（国）を生み出すか」,と言う視点に立つ.つまり,国民から見た国家の「現状の姿（自然の状態）」と「ありたい姿（理想の状態）」を描き出すことになる. 2010年に公表された日本学術会議日本の展望委員会個人と国家分科会の提言「現代における私と公,個人と国家―新たな公共性の創出」[14]では,「ありたい公共性の姿」として「国際公共性」,「手続き重視・プロセス志向の民主主義モデル」,「国家と国民を繋ぐ新たな公共」,「未来社会の構成員を考慮した私的権利と社会的効率性の両立性」を提示しているが（注9）,そのイメージは描きにくい.ここに学問知識としての政治と生活に根ざした実践としての政治の距離感を感じる.この距離感を埋めるためには,知識と実践の融合を国民個人が実践することではないか.これが実現することで,個々人が権力者となるか被権力者となるかの相互分担（協働）が可能となり,自由と平等の「対立」は,「共創」へと変化していくのではないか.そんな社会実験をしてみてはどうか.そんな妄想を抱きつつ,「一身独立して一国独立す.」の福沢諭吉を思い出す.「和洋和才」[15],[16]の原点に立ち戻り,明治以来の日本人による民主主義を創り上げ,日本古来の「和をもって貴しとなす.」方法を模索し,次代に引き継ぐ時は,今,かもしれない.

(注1) 石破茂は,自由民主党所属の衆議院議員（12期）で, 防衛庁長官（第68-69代）,防衛大臣（第4代）,農林水産大臣（第48代）,自由民主党政務調査会長（第52代）,自由民主党幹事長（第50代）,内閣府特命担当大臣（国家戦略特別区域）,内閣府特命担当大臣（地方創生）等を歴任した. 父は,建設事務次官,鳥取県知事,参議院議員,自治大臣などを歴任した石破二朗で二世議員である. 映画「シン・ゴジラ」でゴジラに対し,「自衛権」の行使にあたる防衛出動が自衛隊に下令されたことについて,ゴジラは「国または国に準ずる組織」ではなく,害獣駆除として災害派遣が法的に妥当とし,国または国に準ずる組織から自国の独立を守ることが目的である自衛権の行使「武力の行使」と,害獣駆除のような場合の,国民の生命と財産,公の秩序を守ることが目的の警察権の行使「武器の使用」は,内容自体が同じ自衛隊の行為であっても明確に異なると述べているなど,ユーモアもある人物である[1].
(注2)小泉悠は,東京大学先端科学技術研究センター准教授で, 専門は安全保障論,国際関係論,ロシア・旧ソ連諸国の軍事・安全保障政策である.ウクライナ紛争をテーマにしたテレビ番組に度々登場している[2].　
(注3)私たちの社会全体に関わる方針やルールを決めるのが「政治」で,政治的な決定に私たち全員が関わる形で行うのが「民主主義」である.民主主義には,私たちが直接決定する「直接民主制」と,私たちが選んだ代表が決定する「間接民主制」とがある.直接民主制は,民意を反映しやすい反面,大きな規模の社会では,実施する上で困難が生ずる.間接民主制は,少数の代表が話し合って決めるので,実施は容易になるが政治が民意から離れてしまう可能性がある.民主主義の実践においては,「多数決」が一般的に決定に採用される.民主主義的な政治が,暴走しないように政治的な決定に一定の枠をはめ,この枠の中で政治が行われるようにする考え方を「立憲主義」という[4].
(注4)民主主義における意思決定の基本は「多数決」による.従って,議会における多数派の形成が行なわれる.これは, 議会の中での多数派は多くの有権者あるいは国民の考えを取り入れて政治を行う事の基本となる.従って, 国民は民意を反映してくれる政治家を選ぶことが前提となる.しかし,日本の現状では,政党が間接民主制を発揮するためのツールとして機能していないことを指摘した上で, 日本国内での民主主義を台頭させるには政党の存在が不可欠であるとし,有権者は選挙を通じてその意思を代表者にしっかり伝え,有権者と政党のつながりを上手く作り,それをきちんと構築できるように政党に進化を促すことで,有権者と代表者の間の信頼形成を構築する必要性を提言している[5].
(注5)現在の選挙は,「国民のために選ばれた代表者が,国民の信頼よりも自身の票のための政策を掲げている」になっていることを指摘し,これが間接民主制の機能不全を引き起こしていると主張する.また,有権者は「投票」と言う行為が,「託す」ではなく「丸投げ」になっていることの自戒を自己責任として果たすべきだとし,代表者の説明責任と共に,有権者と代表者の共創の必要性を提案している[5].
(注6)日本の女性議員比率の低さが民主主義指標を引き下げているという主張である. 2021年における世界各国の女性議員比率が世界のトップは,ルワンダの61.3％,2位はキューバ53.4％,3位アラブ首長国連邦50％,世界平均が約25％などのデータを上げ,日本の9.9％は世界ランクで196カ国中166位とうい低さを強調している.その上で,女性議員比率の向上策としてジエンダー・クオータ制（gender quotas：議員数の男女別人数を割り当てる制度）を提案している[5].なお,日本の女性の地位向上に尽力した元文部相で,日本ユニセフ協会会長を務め,労働省（現厚生労働省）婦人局長時の1986年に施行された男女雇用機会均等法の成立にも寄与され「均等法の母」とも呼ばれた故赤松良子（アカマツ　リョウコ）が,男女議員比率を50:50目指して改革を進めるべきとの発言をされたインビユーを聞いたことがある.
(注7)臣民とは君主国において,君主に支配される者としての人民を指す言葉.君主国とは, 一人の支配者が統治する国家形態であり,伝統的には君主が唯一の主権者である体制を言う. なお,君主制は支配の権威が民衆に由来する民主主義（共和制）と対照的とされている[7].
(注8)「社会契約」とは政治学や法学で,ある国家とその市民の関係についての契約を指す用語である. 社会/国家に関する市民/民衆（や王家）の「黙契」や「立法・誓約」としての社会契約の思想は,ギリシャ時代からあるとされる.近世の社会契約論は,自然権や自然法を擁護することを目的として社会契約を結ぶべきであるという主張が中心であり,政府が存在する以前の世の中の状況を予想し,人々が政府を生み出すメカニズムを説明する理論であり,代表的な哲学者はトマス・ホッブズ,ジョン・ロック,ジャン=ジャック・ルソーの3人とされる[12],[13].
(注9)次の4点を上げて「ありたい公共性の姿」を示している[14].
①国家と国民個人の関係性は,従来,国民の帰属意識に基づく国家による公共性の成立という「国民国家的公共性」であったものが維持できなくなり, 国内マイノリティーの平等保障の徹底化とグローバル空間における国際公共性の成立のための主権国家を前提にした世界の主権国家システムを改善する,
②国家が独占してきた公共性権限を市民社会と市民に移行するために,様々な社会的アクターの協議と調整のプロセスを経て形成する手続き重視・プロセス志向の民主主義モデルと行政・市民協働システムおよび市民的コントロール・ステムを構築する（注10）,
③国家と国民との間に「新たな公共」を創設し,国家が独占してきた「公」に代わる,または,補完すると共に, 個人の生存様式を条件づけるファクターとして国家と「市場」および「共同体」の三項のバランスを取る構造とする,
④社会福祉面での「新たな公共」の創出に際しては,私的権利と社会的効率性の両立性と共に未来社会の構成員も考察の対象とする.
(注10)この民主主義モデルに対して人権等の価値による統御を認めるために市民社会と市民が関与すべきであり,これを支援する方向での実定法パラダイムの転換,例えば,土地利用に関わる「公共事業」の公共性を実現するための行政と市民の協働システム,あるいは,都市と農村の適切な生活秩序・自然環境を確保するための市民的コントロール・システムの構築といったことを上げている[14].

参考文献・資料
[1] フリー百科事典（ウィキペディア（Wikipedia））,石橋茂, https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E7%A0%B4%E8%8C%82 , 2024.5.28.アクセス
[2] 東大先端研創発戦略研究オープンラボ（ROLES）, 小泉悠, https://roles.rcast.u-tokyo.ac.jp/member/501　, 2024.5.28.アクセス
[3] 石井和克, 覇道と王道を改めて認識させられた「危機の二十年」,コラム KAZU'S VIEW 2023年11月, https://ishii-kazu.com/column.cgi?id=244 , 2024.5.30.アクセス
[4] 杉田敦, 私たちの民主的な社会,NHK高校講座第3回公共的な空間における基本原理, https://www.nhk.or.jp/kokokoza/koukyou/assets/memo/memo_0000000920.pdf , 2024.5.28.アクセス
[5] 吉田暢希, 日本の民主主義, 白鴎大学
https://svjmwb01.hakuoh.ac.jp/logos/files/%E5%90%89%E7%94%B0%E3%80%80%E5%8D%92%E6%A5%AD%E8%AB%96%E6%96%87(%E4%BB%A4%E5%92%8C5%E5%B9%B4).pdf　 ,2024.5.28.アクセス
[6] 一人一票実現国民会議, あなたの選挙権は,ほんとうは何票でしょう？https://www2.ippyo.org/　, 2024.5.28.アクセス
[7] DIGITALIO,臣民,コトバンク, https://kotobank.jp/word/%E8%87%A3%E6%B0%91-82595 , 2024.5.28アクセス
[8] 松塚俊三,国民国家論と世界史,立命館言語文化研究,第27巻第1号,pp.109-124, https://www.ritsumei.ac.jp/acd/re/k-rsc/lcs/kiyou/pdf_27-1/RitsIILCS_27.1pp109-124MATSUZUKA.pdf , 2024.5.30.アクセス
[9] 村井良太, 民主主義をめぐる帝国期日本の教訓―かつて日本でも民主的後退があった－,Reviewポピュリズム,R-2021-026,東京財団政策研究所,
https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3886 , 2024.5.28.アクセス
[10] 佐藤成基,国家論,　https://www.t.hosei.ac.jp/~ssbasis/state.html , 2024.5.28.アクセス
[11] スピノザ著,畠中尚志訳,国家論,岩波書店（1940)
[12] 社会契約論をわかりやすく解説！ホッブズ,ロック,ルソーの違いは？哲学ちゃん,
https://tetsugaku-chan.com/entry/social-contract ,2024.5.28.アクセス
[13] フリー百科事典（ウィキペディア（Wikipedia））, 社会契約, https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E5%A5%91%E7%B4%84 , 2024.5.28.アクセス
[14] 日本学術会議日本の展望委員会個人と国家分科会, 提言：現代における《私》と《公》,《個人》と《国家》―新たな公共性の創出, 日本の展望―学術からの提言2010, 平成22年(2010年)4月5日, https://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-21-tsoukai-11.pdf , 2024.5.28.アクセス
[15] 石井和克, NHKスペシャル：日本人は何を目指して来たかを見て思うところあり,コラム KAZU'S VIEW 2016年2月, https://ishii-kazu.com/column.cgi?id=149 , 2024.5.30.アクセス
[16] 石井和克,和魂和才,コラム KAZU'S VIEW 2003年09月, https://ishii-kazu.com/column.cgi?id=1 ,2024.5.30.アクセス

令和6年5月
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