コラム KAZU'S VIEW

2024年09月

敬老の日に思う「老いの幸せ」とは

今年も身の回りで敬老に関わる行事が行われた.小学校の校区を地縁とする組織体として,金沢市には公民館を中心とした活動組織の公民館関連団体[1]が存在する.その中の1つの校下社会福祉協議会が主催する「長寿のつどい」という,75歳以上の方を対象とした催しが毎年開催され,町会長はその席に招待される.更に,町会ごとに敬老の日（注1）を祝う行事が行われる.私の町会では,70歳以上の方を対象に赤飯を,ご夫婦の場合は,紅白饅頭を付けて,各世帯にお配りするという伝統行事を行っている.退職以来,町会長という役職を通じて多くの高齢者と接触する機会を持つようになり,自身も高齢者の一員として「老い」について考える機会が増えた.そんな中で,「老いの幸せ」について考えて見た.

2023(令和5)年に日本で100歳を超える方は9万2139人,今年は,前年から2980人増えて9万5119人となり,1970(昭和45)年以降54年間連続増加で,過去最多となった. 100歳以上の高齢者の数は1963(昭和38)年には全国で153人だったが,1981(昭和56)年に1000人を超え,1998(平成10)年には1万人を超えた.今年の国内最高齢者は女性が116歳,男性が110歳の方だという[3].ちなみに,長寿のつどいの挨拶の中では,「金沢市内（令和6年1月1日時点での推定人口45万7312人）では,100歳以上の方が今年176名おられた.」とのことであった.100年という意味を考えたコラム[4]では,スポーツを題材にして「世代間共創」による未来社会創りについて考えて見た.その中で,100歳という年齢に対するイメージが,憧れの100年であれば心的価値であり,生き様の100年であれば物的価値になることに言及した.つまり,憧れは,その存在が遠いものに対するイメージで,実現性は低い.一方,生き様は現実の世界での結果であり,実現値そのものである.いわゆる,死を迎える際に,自らの人生を振返ることの意味になる.この2つの視点について,上記の100歳代人口の数字は,「人生100年時代」という言葉の現実性を裏付けるものとなる.100歳の人生を生きることがどのような事かを実感することは,前期高齢者として今の年齢からは不可能である.つまり,後,30年は生き続けないと実現しない.退職直後は,この30年をどう生きるかに暗く,重たいイメージを抱いていたが,その程度が徐々にではあるが,強く意識することがなくなって来ているような気がする.なぜであろうか.未来に明るさを見出し始めていると言うことであろうか.それとも,諦めの始まりであろうか.

先月のコラム[5]の執筆過程で,百歳以上の人のことを百寿者（ヒャクジュシャ：centenarian）ということ[6]や,百寿者研究という学問領域（注2）があることを初めて知った.この百寿者研究のテーマの中に「理想の生き方,老い方」,「どのように年を重ねていくことが理想なのか,幸せなのか（特に高齢期）」を追求する研究テーマとしてSuccessful aging（未だ適切な和訳がなく,サクセスフル・エイジングを使用している）がある.その中で,加齢に伴う自立度の変化パターンを「高齢期に訪れる3つのステージ」として分けて,それぞれのステージを「より良く」生きることが理想の生き方,老い方と考えるというモデルがある.すなわち, 前期高齢者の70代半ばまでは,中年期と変わらず高い自立度を保つ「ステージⅠ」, 後期高齢者の70代半ばから加齢とともに緩やかに自立度が下がっていく「ステージⅡ」,そして超高齢者として最終的に本格的な医療や介護を受けながら暮らしていく姿の「ステージⅢ」の3つのステージで,人生100年時代の後半30年を描こうとするものである.そして,ステージⅠでは「社会の中での活躍の継続」を望み,ステージⅡでは,「家族や他人に面倒を見てもらうのは気が引ける,できる限りいつまでも『自立した』生活を続けたい」という欲求が.そして,ステージⅢでは,「最期まで住み慣れた地域および自宅の中で暮らし続けたい」という願いへと変化する,と言うものである[8],[9].単純に30年間を3等分して,それぞれのニーズを満たすためのロードマップの作成と実践を各自が追求して行くことが,個性的な「老いの設計」になるという解釈ができる.権藤[6]の指摘する「100歳の人の主観的幸福感の得点が,中年期や若い高齢者たちのそれとあまり変わらなかった.介助や介護を必要とする自立が難しい人のみに注目すると,この現象がもっとはっきりしている.」,「65歳から90歳までは,自立が困難な人の幸福感は低いが,同じような状態の100歳を見ると,むしろ幸福感が高いこと，」そして,「長寿者であればあるほど,不健康な期間も短い.（注5）」という調査結果は,ステージⅡとⅢのニーズの変化,すなわち,「老いの幸福感」が,「元気＝自立＝幸福（＝は等号）」という関係を前提としないことを意味するのではないか.

65歳を超える高齢期に入ると肉体的能力は,加齢により低下し,同時に,有病率が上昇する.この傾向を如何に止めるかの努力が,ステージⅠ（前期高齢者65-74歳）での老いの幸せになる.つまり,肉体的衰退を認めながら,これに逆らう努力の成果をある程度確認できる段階,「まだできるんだ」の信頼感が揺れ動く状況で,「できる」ことが「憧れ」の存在となる状況と言えないか.これに変わって「できない」ことの現実性を身近に認識することで,「できないこと」への対応法を模索し始める段階がステージⅡ（後期高齢者75-89歳）の段階で,「介助や介護の受入れ」という新しい生き方の模索（設計）が,老いの幸せになる.この新しい生き方の模索の中で,再設計の方針としてサクセスフル・エイジングの問題が出てくるのではないか.百寿者の幸福感を「老人的超越」（注7）という概念で説明しようとする権藤[6]は,いわゆる「悟り」の胸中に達することが100年という人生を体験したことの意味合いと解釈しているのではないか.この悟りの境地は,私が後30年の道のりを経て,超高齢者(90歳以上)の世界に入れて,初めて手にいれることができるものになろう.見果てぬ夢とならないように自らの心身(認知機能と肉体機能)の振り子の減衰状況を検知しながら,ロードマップを着実に歩み続ける覚悟が,余命の人生に対する暗さと重さを軽減してきているのかも知れない.

(注1)敬老の日は,祝日法が定める日本の国民の祝日の一つで,多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し,長寿を祝うことを趣旨としている. 2002(平成14)年までは毎年9月15日として来たが,現在は9月の第3月曜日となっている.その始まりは,1947(昭和22)年に野間谷村(ノマダニムラ：兵庫県多可郡野間谷村,現在の多可町八千代区）の村長であった門脇政夫(カドワキ　マサオ;1911-2010年）が「老人を大切にし,年寄りの知恵を借りて村作りをしよう」という趣旨から,9月15日を「としよりの日」とし,55歳以上の人を対象に,村主催の「敬老会」を開催したことに始まるとされている[2].
(注2)百寿者研究の目的は,以下の5つの疑問を探すこととしている[7].
（1）Successful aging(注3)の条件を探す
（2) 加齢現象の観察
（3) 寿命に対する遺伝素因と環境因子の相互作用
（4) 百寿者は長寿のエリートか
（5) 老化学説(注4)の検定
(注3) サクセスフル・エイジングとは,「理想の生き方,老い方」,「どのように年を重ねていくことが理想なのか,幸せなのか（特に高齢期）」を追求する研究.これに対して以下のようなものがこれまでに提唱され,時代と共に変化して来ている[8].
(1)高齢期になったら田舎で静かに暮らすような生き方が理想の老い方（離脱理論）,
(2)年齢に関わらず活躍し続けることが理想の老い方（活動理論）,
(3)中年期までに築いてきたライフスタイルなどをいつまでも継続できることが理想の老い方（継続理論）.
(注4)老化学説には以下のものがある[10].
(1)プログラム説(遺伝子説),
(2)エラー説,
(3)cross-linkageによる蛋白の変性説,
(4)フリーラジカル説,
(5)免疫異常説,
(6)代謝調節異常説.
(注5)「長寿者であればあるほど,不健康（注6）な期間も短い.」は,権藤[6]が先行研究として引用しているS.L.Andersenらの論文[11]に掲載されている,一般の高齢者,90歳未満で死亡した人,90～99歳で死亡した人,100～104歳で死亡した人,105～110歳で死亡した人についての病気にかかっていた期間のデータから「人生の中でどれくらい病気の期間があったかを見ると,100歳よりも105歳,105歳よりも110歳の人のほうが短い.」から結論づけている.さらに,「長寿者であるほど病気にかかりはじめる年齢が高い.」ことにも触れている.
(注6)「不健康」の反対,すなわち「健康」とはどのような状態を言うのか.この状態を示す指標として「健康寿命」がある.健康寿命とは,世界保健機関（World Health Organization :WHO）の定義では,「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」とされている.これに対し,「平均寿命」という指標は, 0歳における平均余命であり,日常生活に制限のある「不健康な期間」は,「不健康な期間＝平均寿命-健康寿命」で定まる. 日本における不健康な期間は,2010（平成22）年から男女とも,徐々に縮小傾向にあり,2019（令和元）年では男性8.73年,女性12.06年となっている[12].しかし,日本は,平均寿命と健康寿命共に世界一であるが, 不健康な期間は10.2歳で,世界33位(2019年）となっている．また,この期間は男性に比べ女性の方が長くなっている[6].
(注7) サクセスフル・エイジングの中の離脱理論としての老年的超越（gerotranscendence）では,加齢によって変化が生ずる3つの領域として,「宇宙的意識」,「自己意識」そして「社会との関係」を上げている.「宇宙的意識の変化」とは,人間を含んだ物質世界だけで無く,精神世界など様々な領域の間隔が近くなり,境界が明確でなくなった感覚を年齢と共に感じることが多くなることで,記憶と現実の距離,他者との距離や生死の距離などが考えられる. 「自己意識の変化」とは,傲慢さや自己中心的傾向が弱まり,利他性が高まること.「社会との関係の変化」とは,過去の社会的地位や役割にこだわらなくなり,対人関係でも限られた人との深いつながりを重視するようになること[6].

参考資料・文献
[1]　扇台公民館関連団体, https://ougidai.jp/group/ ,2024.9.21.アクセス
[2]フリー百科事典（ウィキペディア（Wikipedia））,門脇政夫, https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%96%80%E8%84%87%E6%94%BF%E5%A4%AB ,2024.9.21.アクセス
[3]　NHK　NEWS, 100歳以上の高齢者9万5000人余 54年連続で過去最多, 2024年9月17日 11時27分, https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240917/k10014583511000.html , 2024.9.21.アクセス
[4] 石井和克,100年に一度の意味を考える―尊富士の偉業からの気づき―,コラム KAZU'S VIEW 2024年03月, https://ishii-kazu.com/column.cgi?id=249　,2024.9.21アクセス
[5] 石井和克,体調変化の自覚の仕方-心身の関係性から見た老化の意味-,コラム KAZU'S VIEW 2024年08月, https://ishii-kazu.com/column.cgi?id=254 ,2024.9.21アクセス
[6] 権藤恭之,100歳は世界をどう見ているのか—データで読み解く「老年的調節」の謎,ポプラ社(2024)
[7] 広瀬信義,鈴木信,総説百寿者研究の現状と展望,日本老年医学会雑誌,第36巻4号 pp.219-228（1999）https://www.jstage.jst.go.jp/article/geriatrics1964/36/4/36_4_219/_pdf/-char/ja　,2024.9.21.アクセス
[8] 前田展弘,人生100年時代のサクセスフル・エイジングとは？https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=66177?site=nli ,2024.9.21.アクセス
[9]　東京大学高齢社会総合研究機構編著,東大がつくった高齢社会の教科書-長寿時代の人生設計と社会創造-,東京大学出版会,p.34(2017)
[10] 大内尉義,ジェロントロジー講義「老化の理論と老年医学の役割」2008.4.24,
　https://ocw.u-tokyo.ac.jp/lecture_files/inter_01/2/notes/ja/02ouchi.pdf , 2024.9.21.アクセス
[11] Stacy L Andersen, Paola Sebastiani, Daniel A Dworkis, Lori Feldman, Thomas T Perls, Health Span Approximates Life Span Among Many Supercentenarians: Compression of Morbidity at the Approximate Limit of Life Span, Journals of Gerontology Series A: Biological Sciences & Medical Sciences, 2012, Vol 67A, Issue 4, pp.395-405 (2012), https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22219514/ ,2024.9.13.アクセス
[12]厚生労働省,健康寿命の令和元年値について,　https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/000872952.pdf　, 2024.9.21.アクセス

以上
令和6年9月

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