コラム KAZU'S VIEW

2025年02月

終末時計の刻む時が意味するもの-人類最後の日の選択肢-

ブレティン・オブ・ジ・アトミック・サイエンティスツ（Bulletin of the Atomic Scientists: BAS）の終末時計（注1）が2025年に89秒となったという発表があった.「人類最後の日」までの残り時間が,この時計が動き出した1947年に,7分（420秒）だったものが79年間で5.5分（331秒）短縮されたことになる.この時計を推し進めた要因としては, 核兵器使用リスクの高まり,気候変動に伴う気温上昇とこれに対する長期的な対策の不十分さ, 感染症の拡大リスクの増大やAI（人工知能）と軍事システムとの統合等が指摘されている[1],[2].自分が地球の全てと繋がっていると考えると,人類最後の日までのカウントダウンを押しとどめることにどのように取り組んだら良いのか.あるいは,そもそも押しとどめることなどは不可能なのか.気の重い課題ではあるが,現在を生きている人間として考える必要がある.

BASはシカゴ原子力科学者 (the Atomic Scientists of Chicago) が1945年12月に創刊し,翌1946年3月に現在のタイトルに改められた.核兵器をはじめとする大量破壊兵器や気候変動問題など,人間社会への脅威となる科学技術上の問題を扱うアメリカ合衆国の非専門用語的科学学術雑誌とされる. 年に1度,終末時計の時刻を公表し,表紙に掲載している[4].2025年の同紙での指摘としては, 「核兵器」,「気候変動」,「感染症」,「AI」といった要因が時計の針を動かしたとしている. 核兵器については, ウクライナ戦争と中東ガザの紛争が核兵器使用の可能性を含む広範な戦争拡大の要素として指摘されている.また,この戦争にAIが使用されていることにも言及している.感染症および気候変動については「自然のいい加減さ」[5]との関連性から,直接的に人間の制御が難しいと考えられる[6],[7],[8].しかし,核兵器とAIは,人間が直接作り出したモノであることからその意味は違ってくる.人間が生み出した手段としての技術が,人間の生き方,存続の可能性を左右すると言うような深刻な影響を,その原因を生み出した人間自身が考えなければならないという状況は,人間が原子力を手にした時に既に経験済である[9].原爆を作り出し,「原爆の父」と称されたオッペンハイマー（Julius Robert Oppenheimer;1904-67年）を主人公とした映画が1年ほど前に日本でも公開された.この映画の中で,1945年7月16日にオッペンハイマーたち開発チームが人類史上初の核実験「トリニティ（Trinity）」[10]を成功させた時,その威力のすさまじさを垣間見て自らを「世界の破壊者」と呼ぶシーンは,戦争を終わらせるための自分の努力の成果が,より大きな戦禍を生み出す可能性を予見することの自己矛盾を見出す科学者の姿を描き出している.そして,その現実が8月6日の広島,9日の長崎への原爆投下として現れる.その後の彼の科学者としての倫理観は,水爆開発反対への行動を突き動かしていく.この人類初の核実験のトリニテイは,「核の時代の幕開け」とされるとともに,人工放射性物質の環境への拡散が開始された時として地質年代である人新世（ジンシンセイ,ヒトシンセイ:Anthropocene;注2）の始まりとされることもある[11].被爆国の人間としてこのシーンは,主人公自身の個人的な心情と共に科学技術が国家・社会というものに及ぼす影響との関わりを考えさせる.すなわち,戦争という人類の愚行を終わらせ,平和な世界を作り出そうとする思いが,大量殺戮兵器というモノの形を取ってしまうと,モノ自体が一人歩きし,これを生み出した人間の意思とは関係なく,第3者の意思によって国家・社会に様々な影響を与えることにモノの創造者は責任を感じるという結果を生み出す.そして,国家・社会という巨大な力との戦いを創造者は始めることになる.科学技術は可能性であり,これがモノの形を取った時に,この種の問題が生じると言う歴史を人類は繰り返してきている.終末時計というモノは,そのシンボルではないか.科学技術と言う可能性がどのようなモノを生み出すかが予見できないことが,科学技術の宿命と考えるべきであろうか.その場合は,モノを使用する人間の倫理観に期待せざるを得ないと言うことか.科学技術の発展速度と人間の倫理観醸成速度の差が益々格差を持つことにならないよう願うばかりである.

ドナルド・ジョン・トランプ（Donald John Trump;1946年-）が2025年1月20日からアメリカ合衆国第47代大統領に就任した. 第45代（2017年1月20日 - 2021年1月20日）から2度目の就任となり,これはスティーブン・グロバー・クリーブランド（Stephen Grover Cleveland; 第22代1885-89年,第24代1893-97年）以来,132年ぶりの任期を連続しない再選をした2人目のアメリカ大統領となった.トランプの個性は際立っている.保護主義や孤立主義的な主張を展開し,自国の利益を最優先とする「アメリカ第一主義」に立って既存の国際合意や政策の枠組みを否定する一連の言動や,文化的な多様性に対する非寛容な態度などの彼の政治姿勢は「トランピズム」（Trumpism）と呼ばれる[12].この個性は際だっているため,その評価は大きく分かれ,「分断の象徴」にも例えられる.しかし，彼の行動はウクライナ戦争（2022年2月24日～）[13]や中東ガザの紛争（2023年10月～）[14]に停戦をもたらす可能性を生み出している点では魅力性を発揮している.彼の「予測不能」,「不見識」とする論調に対し,白木[15]はトランプには一貫した国家戦略が垣間見えると指摘している.その指摘は,米国はダリオ（Ray Dalio;1949年-）[16]のいう「覇権国の衰退パターン」（注3）に既にはまっており,トランプ政策の多くが「老いる帝国の衰退」を食い止める処方箋だとする認識に基づき次の6つ政策を挙げている.①規制緩和や減税で米国経済の成長力・競争力を高める.②関税によって国内産業の振興や資源エネルギーの増産・輸出により貿易赤字を削減する.③同盟国に応分の防衛負担を求めることで軍事費・財政負担の軽減を図る.④大胆なリストラ策で大幅な財政赤字の縮小に取り組む.⑤覇権に挑戦する新興勢力である中国に対峙する.⑥将来的に米ドルにも対抗できる準備通貨の候補として仮想通貨に注目し,他の主要国に先駆けて米国の金融・経済システムに取り込む.一方,彼の選挙戦略も様々な特異性を持っていた.米国のシンクタンクであるブルッキングス研究所は今回の大統領選挙でのトランプ勝利分析を発表している（2024年11月7日記事）[18]. その分析でトランプ勝利に貢献した3つの戦術的選択として,① 伝統的な投票促進組織に多額の投資をする代わりに支援組織に頼ったこと, ②ハリスのトランスジェンダー問題への姿勢に対して南部全域で放送されるネガティブな広告に多額の投資を行ったこと,③ 人工妊娠中絶について全国一律での人工妊娠中絶の禁止を拒否したことで緩和的姿勢を示したこと,を指摘している.しかし,その一方で,勝利したトランプに対する課題として,公約に掲げた大規模な関税を課すことと家庭の負担の増大やインフレを再び引き起こさない状況を実現すること,米国の世界的な関与を減らすこととウクライナと中東の紛争に対応することのジレンマを提起している[17].

終末時計が刻む89秒という時間は多いのか少ないのか.人類終末へのカウントダウンは,ホモサ・ピエンスが生き延びてきた歴史における「英雄たちの選択未来版-世界の運命を決める選択に迫る-」になろう.かつてユーラシアの覇者となった元帝国に代わり中華人民共和国が世界の覇者となるのか,トランプの「老いる帝国アメリカの衰退回復策」で米中均衡世界が継続するのか,はたまた,唯一の被爆国が「中庸の徳」（注4）を世界に発信し,そのリーダーシップを取るのか,種または属の交代となるのか.未来の選択肢は様々であるが,個人的には3番目の選択の中で自身のできることから少しづつ積上げる努力を実践し,その輪と和をこのコラムで広げてゆきたい.

(注1)アメリカの科学雑誌「ブレティン・オブ・ジ・アトミック・サイエンティスツ」が毎年,発表している「人類最後の日」までの残り時間を象徴的に示すものを「終末時計」という. 真夜中の零時を人類滅亡の時とし,世界がそれにどれだけ近づいているか示している.2025年の時刻は,これまでで最も短かった2024年と2023年よりもさらに1秒,時計の針を進めた. 核戦争の危険性を警告する目的で,米マンハッタン計画という最初の原爆開発に参加した米科学者たちが創設し,最初は「真夜中7分前」に設定されていた1947年以降,過去最短の「残り89秒」としている. 「終末時計」の針が進むのは,ロシアによるウクライナへの軍事侵攻などを受けて10秒進んだ2023年以来で,その要因について核兵器が使用されるリスクが高まり続けていること,気候変動をめぐって2024年,記録上最も暑い1年となった一方で,長期的な対策が不十分なこと, 感染症の拡大のリスクやAI（人工知能）と軍事システムとの統合についても危機感があるとしている[1],[2].人類滅亡の危険性が高まれば分針は進められ,逆に危険性が下がれば分針が戻される.1989年10月号からは,核兵器からの脅威のみならず,気候変動による環境破壊や生命科学の負の側面による脅威なども考慮して,針の動きが決定されている.分針が最も戻ったのはソビエト連邦の崩壊により冷戦が終結した1991年の17分前である.時計の時刻が意味するものは,未来を予測するものではなく,指導者や市民が社会状況を監視し,適切な処置を行わない場合に起こる危険性を要約するものだとしている.なお,終末時計に対しては,以下のような批判もある[3].
　　　(1) 脅威の寄せ集め（grab bag of threats）であり,人々の感覚を麻痺させる可能性がある.
(2)人々を恐怖を以て理性的にさせて文明を維持すること（to preserve civilization by scaring men into rationality）を目的とした「政治的見世物」（political stunt）であり, 一貫性がなく,客観的な基準に基づいていない.
(3) 核実験および正式な軍備管理の分野における進展の影響を過大評価している.
(4) 気候変動は核による徹底的な破壊と同等とは言えない.
(5) 時計をどのように動かしているか説明も定量化もしていないし,人類を永久かつ全面的な警戒状態に置くことは,政策や科学に関して役に立たない.
(注2) 人新世とは,人類が地球の地質や生態系に与えた影響に注目して提案されている地質時代における現代を含む区分である.人新世の特徴は,地球温暖化などの気候変動（気候危機）,大量絶滅による生物多様性の喪失,人工物質の増大,化石燃料の燃焼や核実験による堆積物の変化などがあり,人類の活動が原因とされる.オゾンホールの研究でノーベル化学賞を受賞したパウル・クルッツェン(Paul Jozef Crutzen;1933–2021年)らが2000年に提唱し,2009年に国際地質科学連合で人新世作業部会が設置された[11].
(注3) レイ・ダリオはその著書The Changing World Orderの中で,ローマ帝国以来の世界史を振り返り,「時の覇権国はそろって同じような衰退パターンを辿ってきた」と分析している.すなわち,「覇権国はその繁栄の絶頂期に基軸通貨の強みを活かして世界中から資金を集め」,「巨額の出費で圧倒的な軍備を構築し」,その一方で,「国民に豊かな暮らしを提供するため世界中から膨大な物品を買い集める」. その結果,覇権国はもれなく,①巨額の財政赤字と貿易赤字を抱え,②そのファイナンスのために貨幣を大量に発行し,③無理なファイナンスの弊害が露呈して経済的な苦境が深まり,④貧富の差が拡大して国内の分断・内乱を抱えつつ新興勢力の挑戦（戦争）を受け,最終的には,⑤経済的に破綻して基軸通貨の発行国としての地位を失うことで,覇権国の座から引きずりおろされる,としている[15],[16].
(注4) 「論語・雍也（ヨウヤ）第六」にある孔子の言葉で,原文は,「中庸の徳たる,其れ到れるかな.民鮮（スクナ）きこと久し」から来ているとされる. 不足でもなく,余分のところもなく,丁度適当にバランスよく行動できるということは,人徳としては最高のもの.しかし,そのような人を見ることは少なくなった,と解釈されている[18].

参考文献・資料
[1] BBC　NEWS　Japan, 「終末時計」残り89秒,過去最短を更新；全世界の指導者への警告と,　https://www.bbc.com/japanese/articles/cx24pw35epvo ,2025.2.23.アクセス
[2] NHK, 終末時計「残り89秒」過去最短に去年より1秒進む, NHK　News 2025年1月29日, https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250129/k10014706221000.html ,2025.2.23アクセス
[3] フリー百科事典（ウィキペディア（Wikipedia））, 世界終末時計, https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%96%E7%95%8C%E7%B5%82%E6%9C%AB%E6%99%82%E8%A8%88#cite_note-benedict2018-5 ,2025.2.23アクセス
[4] フリー百科事典（ウィキペディア（Wikipedia））,原子力科学者会報, https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E5%AD%90%E5%8A%9B%E7%A7%91%E5%AD%A6%E8%80%85%E4%BC%9A%E5%A0%B1 ,2025.2.23アクセス
[5] きたやまおさむ,前田重治,良（イ）い加減に生きる-歌いながら考える深層心理-（講談社現代新書2522）,講談社(2019)
[6] 石井和克, COVID-19は「自然のいい加減さ」の問いかけ-新型コロナとの戦いに「孫子の兵法」を-:コラムKAZU'S VIEW 2020.03, https://ishii-kazu.com/column.cgi?id=201 ,2025.2.23アクセス
[7] 石井和克, 藤井聡太棋聖誕生は梅雨明けとコロナ禍後の明るい兆し-「自然のいい加減さ」にAIで対応する-:コラムKAZU'S VIEW2020.07, https://ishii-kazu.com/column.cgi?id=205 ,2025.2.23アクセス
[8] 石井和克, 「はやぶさ2」の帰還に思う-withコロナの新たな始まりの12年間の先駆け（種）となるか-:コラムKAZU'S VIEW2020.12, https://ishii-kazu.com/column.cgi?id=210 ,2025.2.23アクセス
[9] 石井和克,AIの光と影：ノーベル賞がAIの研究者に与えられた意味を考える：コラム KAZU'S VIEW2024.10, https://ishii-kazu.com/column.cgi?id=256 ,2025.2.23アクセス
[10] フリー百科事典（ウィキペディア（Wikipedia））,トリニティ実験, https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%8B%E3%83%86%E3%82%A3%E5%AE%9F%E9%A8%93 ,2025.2.23アクセス
[11] フリー百科事典（ウィキペディア（Wikipedia））, 人新世, https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E6%96%B0%E4%B8%96 ,2025.2.23アクセス
[12] フリー百科事典（ウィキペディア（Wikipedia））,ドナルド・トランプ, https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%83%8A%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%97 ,2025.2.23アクセス
[13] 小泉　悠,ウクライナ戦争, 筑摩書房 (2022)
[14]池内　恵,ガザ危機と中東の激動,東京大学, https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/features/z0405_00026.html ,2025.2.23アクセス
[15] 白木久史, 【マーケットの死角】衰退する帝国のトランプその1～米国の覇権維持にフルスイングするトランプ～三井住友DSアセットマネジメント, https://www.smd-am.co.jp/market/shiraki/2025/devil250116gl/ ,2025.2.23アクセス
[16] レイ・ダリオ著,斎藤聖美訳, 世界秩序の変化に対処するための原則なぜ国家は興亡するのか,日経BP 日本経済新聞出版 (2023)
[17] 松岡智恵子, 米大統領選でトランプ氏に勝利もたらした選挙戦略,米シンクタンク分析（米国）,独法日本貿易振興機構ビジネス短信, https://www.jetro.go.jp/biznews/2024/11/aa3618c70ce48f50.html ,2025.2.23アクセス
[18] 創考起楽,中庸は徳の至れるものなり,先人の知恵を拝借-故事百選-, https://iec.co.jp/media/corner/kojijyukugo/31 ,2025.2.23アクセス

令和7年2月
以上

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